内容説明
指揮者として八十歳を迎えた小澤征爾が、心を込めて恩師に贈る感謝の書。第二次大戦前から活躍し、日本人として初めてベルリン・フィルと協演した豊増昇。その切り拓いた道の先に日本音楽界が花開いた。少年時代の小澤征爾が、ラグビーで指を骨折し、ピアノを諦めようとした時「指揮という道もあるよ」と新しい可能性を示したのは豊増昇だった。
目次
「ちょっとさん」が語る豊増昇(序 故郷で開かれた生誕百年音楽祭;生い立ち;東京音楽学校時代;ヨーロッパ留学・デビュー;出会い・結婚;鍵盤の小さいピアノ;戦時下の生活;戦後初の渡欧―新バッハ協会・各地でのリサイタル)
バッハの豊増(豊増昇とバッハ;ベルリン・フィルとの協演)
音楽教育者として(バイエル;音楽教科書)
恩師を語る(「スモール豊増」の思い出;ピアノとラグビー、小澤君指揮もあるよ;憶う日に;「昇叔父さん」のこと)
著者等紹介
小澤幹雄[オザワミキオ]
1937年中国大連生まれ。放送タレント、エッセイスト。早稲田大学仏文科中退。「王様と私」「風と共に去りぬ」「放浪記」など東宝芸術座、帝劇に出演。「小澤幹雄のやわらかクラシック」(FM東京)「芸術ジャーナル」(NHKFM)「朝ワイド」(テレビ朝日)などのパーソナリティーを務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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KAZOO
126
この人の名前は今まで聞いたことがありませんでした。小澤征爾の師匠ということなのですね。初めて日本人でベルリンフィルとも共演したということなのですが知りませんでした。この本は小沢さんが編集されていて、またはじめにの言葉も書かれていて思い入れがかなりあるようです。今度機械があったらこのピアニストの演奏を聴いてみたいと思います。2016/05/15
trazom
88
流石に豊増先生の実演は聴いてないが、子供の頃、家に先生のソノシートがあったのを思い出す。バッハのピアノ曲全曲演奏、6度ものベートーヴェン・チクルスなどドイツ音楽における偉業は揺るぎない。豊増先生と言えば、日本人で初めてベルリン・フィルと共演したソリストと紹介されるが、その曲目がフランクの交響的変奏曲だとは知らなかった。それがベートーヴェンの協奏曲だったら…。「温厚で誠実な人柄」は定評だが、「バイエル追放」への強烈な反論や音楽教科書批判など、強い意志と信念を垣間見る。これこそ佐賀生れの「葉隠れ気質」なのか。2025/04/01
読書実践家
10
小沢征爾に指揮者への道を開いた豊増昇という人物について知る。バッハのスペシャリスト。2016/03/31
sin1row
2
日本人ピアニストにこんな世界的に評価されている人がいるとは知りませんでした。教え子などからのコメントで豊増昇の人となりがわかり、ピアニストとしてだけでなく教育者としてのすばらしさ、また日本の音楽のレベルを高めようとしていたのが良く伝わりました。ただ、本人の記述がないのでどのようにしてこのように国際的に評価されるまで努力が分からないのが残念です。豊増昇の生涯について書いてある本を読んでみたいと思いました。2020/06/27
Masumi Hirosawa
1
故郷に帰ったとき、甥っ子にリクエストを聞いて演奏した曲がバッハのゴールドベルク。 リクエストする甥っ子さんに選曲とそれをさらっと受ける豊増さん。 脱帽です。2016/03/10