感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
兎乃
31
同時期に書かれた 本書と『望みのときに』『最後の人』、これを三部作と言う人もいて 私などはいつも混乱するのだけど。三面鏡の関係、微分計算的な進行に着眼して 三作品の再読、その試み。ブランショの特権的“部屋”に侵入し 足元のゼロ地点を確保の上、万華鏡の如く風景の変化に対応する。招かざる客、読者の視点を放棄、約束のない言葉の逡巡、その場所で。2015/09/24
渡邊利道
5
「書くこと」のメタファーというか、その内実を虚構化してその中で彷徨い続けているのようにしか読めない中篇。分身と幽霊の錯綜する「部屋」の中で、執拗な独白と対話によって「書くこと」の存在論的な位相が詳らかにされていく。この執拗さをざっと切り裂いてきらめくような「動き」や「驚き」が頻出する絶妙な繋がり具合が本当に心地よい。2020/05/13
ぽてと
2
徹頭徹尾全てが謎の、そもそも小説とさえ言えるか不明の著作。後半は評論のようにも見える。靄のようなこの作品からは様々なことを読み取りうるだろうが、他者の理解についての不可能性、それどころか、自分さえもまるで把握することはできないというデリダやレヴィナス的なテーマを感じた。後は、日本人から見れば必要なさそうな言葉の性が見事な曖昧さを生み出せると言ったところか。2016/04/28
む け
2
「謎のトマ」よりは読みやすいが、相変わらず筋らしい筋というものはないい。ひたすら私と彼と言葉についての文章が続いていく小説?で読み進めるのにエネルギーがいる。明かしえぬ共同体などを読めばわかるように、この本でもブランショは他者・自己への関わりと、文章を書くという行為自体についての思索を掘り下げているようだ。安易な承認によっては満たされないお互いの関係、その関係を結ぶ際に必要とされる言葉さえも、私自身から距離をとって固有の存在感を持ち始める。それらが最高度に結びつく瞬間こそ、死、非―場なのだ。2012/12/28
キヨム
1
どういう状況で書かれたものなのか、また「私」がどういう立場の、どういう人間なのかさっぱりわからず、また「彼」の情報も何もなく、「私についてこなかった」というにはむしろ「私」はどこかに行くこともなく(そして何をすることもない)。ファッション文学少女なので理解はできていないのですが、それでも作者には世界が「こう」見えているのだなあという空気がときどき感じられた気がして(「どう」見えているのか言葉でさっぱり説明できないのですが)よかったです。「そのことについて反省してみてもいいですか?」うーむこんな言葉が。2013/05/12