映画の荒野を走れ―プロデューサー始末半世紀

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  • サイズ B6判/ページ数 357,/高さ 20cm
  • 商品コード 9784900997561
  • NDC分類 778.21
  • Cコード C0074

内容説明

荒野のごとき映画界を駆け抜けよ!裕次郎全盛の日活に入社、ロマンポルノへの路線変更を機に助監督からプロデューサーへと転進し、数々の話題作の企画を経て、出会ったのは相米慎二だった―。プロデューサー業の真髄と本懐と何か。日本映画史を彩った監督とスターの、いま明かされる秘話満載。

目次

第1章 助監督室って無頼の館―日活助監督時代
第2章 大胆不敵、試行錯誤―日活ロマンポルノ時代
第3章 別天地から吹いてくる風―キティ・フィルムへ
第4章 あいつの見えない船に乗って―相米慎二、最初の三本
第5章 映画にはない肌触り―一九八〇年代、マンガとテレビと
第6章 相米、夏に雪を撮るぞ―『雪の断章情熱』と『光る女』
第7章 花盛りの時代の心許なさ―アルゴ・プロジェクトの頃
第8章 あいつは命賭けてたようなところがあった―『お引越し』と『夏の庭The Friends』
第9章 時代の変わり目に居合わせて―ケイファクトリーへ
第10章 おまえの「生命力」に共鳴するうちに―エピローグ
対談 盟友プロデューサー、すべての始まり―黒澤満・伊地智啓

著者等紹介

伊地智啓[イジチケイ]
1936年生まれ。映画プロデューサー。60年に日活に入社。助監督を経て、71年にプロデューサーに転身。『花芯の誘い』(小沼勝、1971)で初めて「企画」としてクレジットされる。77年に日活を退社後は、セントラル・アーツを経て、78年にキティ・フィルム設立に参加。89年、岡田裕、佐々木史朗らとともにアルゴ・プロジェクト(後にアルゴ・ピクチャーズ)を創設。95年、ケイファクトリーを設立、社長に就任(2002年退社)

上野昂志[ウエノコウシ]
1941年生まれ。評論家

木村建哉[キムラタツヤ]
1964年生まれ。映画学、美学。成城大学文芸学部准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

まさやん80

1
伊地智啓さんといえば、相米慎二のプロデューサーとして有名だが、相米以外でもロマンポルノ時代の「わたしのSEX白書絶頂度」という傑作を作り、キティフィルムでは長谷川和彦の伝説の映画「太陽を盗んだ男」を製作している。そのあたりの話も面白いのだが、やはり何といっても白眉は相米慎二との映画作り。第4章の「あいつの見えない船に乗って」というのは素晴らしい題だと思う。相米慎二のとてつもない映画群は、伊地智さんがいなければ成立しなかったことがよく分る。それだけに「今、プロデューサーがいない」という言葉は思い。好著。2015/11/01

4310

0
ロマンポルノ前夜の地殻変動を象徴する「裕次郎ではなく蛾次郎」事件(反逆のメロディー)と、とうとう撮れなかった河辺和夫監督のお話が、特に印象に残りました。2017/02/26

ビーフハート

0
これは面白かった。なにせ「太陽を盗んだ男」のプロデューサーであり、相米監督の数々の作品のプロデューサーでもある、と。興味深い裏話もさることながら、邦画を支えた撮影所システムに関してや、プロデューサーとしての矜持など読み応えも抜群。相米監督の代名詞とも言える長回しワンカットについての著者ならではの言及も非常に興味に深かった。2019/07/14

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