内容説明
40余点の絵画で再現されたチェーホフ珠玉の短篇世界。
著者等紹介
チェーホフ,アントン P.[チェーホフ,アントン P.][Чехов,Антон Л.]
1860‐1904。庶民の子として生まれ、中学の頃から苦学を重ねた。モスクワ大学医学部在学中も家計を助けるため、ユーモラスな短篇を多数の雑誌に発表。社会的関心も高く、結核を患いつつ社会活動や多彩な創作を展開した
ザトゥロフスカヤ,イリーナ[ザトゥロフスカヤ,イリーナ][Затуловская,Ирина]
1954年モスクワの画家の家庭に生まれる。幼少時から詩を創り絵を描くが、絵画とグラフィックを正式に学び、最初の個展は1989年のロンドン、以後世界各地で開催。2002年モスクワ美術家同盟よりディプロムを授与される。フレスコ、絵画、陶器、書籍デザイン、詩作、刺繍等広範囲に活躍
児島宏子[コジマヒロコ]
映画、音楽分野の通訳、翻訳、執筆に広く活躍。日本絵本賞ほか受賞
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
NAO
58
読友さんのレビューに惹かれて。チェーホフは、戯曲以外にも、以前書評をあげた『ねむい』のような、生きることに窮々としている庶民の悲哀を描いた短編を幾つか書いている。この『ロスチャイルドのバイオリン』もそういった短編のひとつ。絵はロシアの画家イリーナ・ザトゥロフスカヤ。絵画化した手作りの本に胸をうたれ、訳者は絵本にしたという。チェーホフの文章とモノトーンの絵によって、悲哀は深みを増し、そこから切々としたメロディーが聴こえてくるようだ。 2022/06/11
にゃおんある
33
ヤーコフはもしかしたら、我が子を亡くしたことをきっかけにお金に執着したのかな。人間、死ねば得だらけと普通思わないよね。何も食べずに済むって、それは…… 子供の棺桶を作るときの気持ちは、その時のトラウマだったと思う。自ら執着しながらも、ユダヤ人を嫌う心理は、自傷的な行為のような気もする。マルファを助けるためには、なんら惜しみなしに医者に掛け合っているし。僕にとってのブロンザは、いつもそういう愛で一杯になっている。むせ返るほどのストラミングは、掛け値のない旋律でてきている。生活の苦悩ほどいや勝るものはないと。2019/03/06
にゃおんある
24
いつでもない時、何者でもない自分が、どこでもない場所で、意味のないことを考え、値打ちのないことを成している。それがヤーコフで、それこそがヤーコフなのだ。非本来的なことの連続が人生の目的であると言えるのだ。仮にお金を使うことが本来的とするならば、貯める行為も本来的と認めざるを得ず、両者は正反対の性質であるがゆえに矛盾してしまうからだ。だから生きるために死に、死ぬために生きるという矛盾は存在しない。一見無意味なことをしているヤーコフは、素晴らしいし、彼の奏でるバイオリンが人々の心を打たないはずはない。2022/05/18
星落秋風五丈原
22
ヤーコフは棺桶屋のかたわらヴァイオリンを弾いている。しかし彼が演奏するとニンニク臭くなるため、常に呼ばれるわけではない。ロスチャイルドといえば、ユダヤ人の富豪の一族だが、本編に登場するロスチャイルドは、貧乏人だ。ヤーコフと同じ楽団に属するフルート奏者で、ヤーコフとは犬猿の仲。妻のマルファとは、貧乏暮らしを巡って喧嘩ばかりしていた。それでも、いざマルファが亡くなるとなれば、子供のいないヤーコフは寂しい。やがて自分にも死期が訪れ、ヴァイオリンを託す相手に困ったヤーコフが選んだ相手とは。2025/04/30
Miyoshi Hirotaka
22
棺桶屋ヤーコフの副業はバイオリン奏者。ユダヤ人フルート奏者ロスチャイルドを訳もなく憎むようになり、オーケストラのメンバーから外される。さらに長年連れ添ったが妻が病死し、自分も妻と同じ病に罹る。ちっとも優しくしなかったが、妻は黙って愛を積み重ねていた。生きることからは損失と喪失ばかりでも死からは利益。それに気が付いたとき、バイオリンをロスチャイルドに渡すよう遺言する。ロスチャイルドのものになったバイオリンは悲しみ、苦悩、歓喜の旋律を奏でる。生あるうちに愛するものは幸せだが、それが叶わなくとも愛は生きる。2013/12/20