出版社内容情報
4000年の時と世界を旅する不滅の民の叙事詩。
『ユダヤ人 神と歴史のはざまで』の著者が
◆従来の受難の民という歴史観にあき足らず、積極的・肯定的な「明るい」ユダやしを一貫して書いている。
◆カバラー主義(神秘主義)の発想でユダヤ史の時代の流れを見て、過去・現在・未来を2000年単位で語る
◆世界の歴史がユダヤ人の活躍の舞台となり、つねに緒文明に想像力を提供してきたその理由を説明する。
第一幕 啓示された運命 アブラハムからイエスまで
演出家のノート 生き残るための処方箋
第一幕年表
第一場 アブラハムの神
第二場 モーセと啓示
アトン崇拝
シナイの大憲章
第三場 神権のない王たち
第四場 正典とカリスマ
第五場 預言者たちの声
第六場 民族主義への召集
第七場 運命の岐路
ギリシア・シンドローム
独立国家の実態
第二幕 世界への離散 イエスからベングリオンまで
演出家のノート ミシュナーへの道
第二幕年表
第一の挑戦 ローマ世界
「偉大なるローマ」の虚像と実像
ユダヤ知識人の強力な支配
第二の挑戦 パルティアとササン朝世界
捕囚の地バビロニア
タルムードの誕生
第三の挑戦 イスラム世界
預言者マホメットの「帝国」
タルムード学者の「帝国」
イスラム東方世界
イスラム西方世界
演出家のノート イエス・キリストの磔刑・比較検証
第四の挑戦 封建主義世界
驚くべき大陸
驚くべきユダヤ民族
第五の挑戦 ゲットー時代
神、黄金、そして異端
タルムードの衰退
第六の挑戦 近代の世界
開放のただ中へ
二十世紀西欧とユダヤ人
資本主義アメリカとユダヤ人
共産主義ソビエトとユダヤ人
全体主義ドイツとユダヤ人
イザヤからヒトラーへ
シオニスト革命
第三幕 ディアスポラとシオン ベングリオンからメシアへ
幕 間 ディアスポラの逆説
夢と現実
歴史哲学の鉄則を逃れて
ディアスポラと世界
イスラエルの役割
訳者あとがき(抄)
本書は、マックス・ディモント(Max I. Dimont)のThe Indestructible Jews (不滅のユダヤ人)の日本語版である。
ディモントはヘルシンキ生まれのアメリカ・ユダヤ人であるが、従来の迫害と受難のユダヤ民族という歴史の見方に飽き足らず、「明るい」ユダヤ史を書こうと願って、最初の作品”Jews, God and History”1962(邦訳『ユダヤ人 神と歴史のはざまで』朝日新聞社刊1977年)を世に送り出した。
それは世界中で大好評を博し各国語に翻訳されベストセラーになったという。
確かにユダヤ人というと、ホロコーストの映画に見られるように、迫害された流浪の民というイメージが最初に浮かぶ。
そんな面もあるが、一方ユダヤ人には人口のわりにノーベル賞受賞者も多く優秀な人材が多い。
世界の政治や経済を陰で支配しようとしているのはユダヤ人ではないか、という嘘八百を並べたような本がはやる。迫害されているあいだに、一生懸命、勉強や金儲けに努力したからそうなんだろう、などと納得してしまう。
ディモントは、そんなユダヤ人観が広まったのはユダヤ人の歴史の書き方が悪かったのだと考えた。新しい見方をもって過去を見直して、積極的な、肯定的な歴史を綴ったのが、最初の著書であった。本書は、前作の考え方をさらに発展させて、改めて壮大な世界の諸文明の歴史とともにユダヤ史四千年を語ったものである。
ではその新しい見方とは何かだが、本書の「まえがき」をお読みいただきたい。善意にしろ悪意からにしろ、いままでのユダヤ史は随分歪曲されていた。少なくとも部分的なとらえ方であって、一貫して民族を生かしてきた力や目標は曖昧にされてきたようである。
ユダヤ民族は四千年の歴史を生きてきたといわれる。(学問的には、紀元前1000年のダビデ王の時代前後が歴史時代の始まりと見るのが妥当のようである。)そして、ユダヤ教を中心に一貫した継続性を保ってきた。その長い歳月のあいだ、地理的にも世界中に散り散りに住み、独特のユダヤ人共同社会を営んできた。
そして、あらゆる文明や国家と接触し、各国民と何らかの関連があった。例外は、多分極東と東南アジアぐらいだろうか。中国には八世紀から十八世紀まで居住区があった。このような時間と空間における広がりを考慮してユダヤ民族を見ないと、ユダヤ人について正しい理解は十分得られない。
つまり、ユダヤ人について何かを知りたいというとき、歴史的背景を理解しておくことが不可欠な前提だといえる。「ユダヤ」学入門に必要なもう一つの要素は、本書の使命とは離れるが、ユダヤ教という宗教的側面である。
歴史と宗教を縦糸、横糸にして織り成された結果が、現代のユダヤ・イスラエルである。日本人は、過去は水に流すのがよい、としやすい。だが、ユダヤ人は記憶の民である。
よいことも悪いことも過去の出来事は、とことん議論した賢者らの知恵とともに将来のための教訓・生きるノウハウとして、民族のデータバンクに保存しておく。それがトーラー(聖書)であり、タルムード(口伝律法)だといってもよい。
それゆえ、「ユダヤ」を理解したいなら、ユダヤ人の歴史を知るのが早道である。とはいっても、ユダヤ史関係の本は類書の山、一つ一つ読みだしたら早道どころでなくなる。
通史で日本語のものを探せば、古典的なシーセル・ロスの『ユダヤ人の歴史』(みすず書房刊)、『ユダヤ民族史』六巻(六興出版刊)がまず浮かぶ。前者は中世ユダヤ史の専門家によって書かれたためか、涙と血に満ちた哀れな民という歴史観で貫かれている。この本の影響力は大きかった。
後者はイスラエルの専門学者の該博な知識に裏づけられた教科書的良書だが、あまりに詳しすぎて通読する気にならないし、森のなかに入りすぎてユダヤ史が何を意味するのかとらえにくい。
その点、マックス・ディモントの最初の著書『ユダヤ人 神と歴史のはざまで』は、まず読んで大変面白い。「ユダヤ人がどのようにして生き残ってきたか」を読者に知ってもらうつもりで、一貫した通史を書いたとのこと。
歴史の細部も詳しいが、ただホロコーストの連続であったとは見ていない。実に、ユダヤ人は逞しく、したたかで、聡明だ。
さらにディモントは、もっと明確に「ユダヤ人はなぜ、何のために生き残ったか」を書きたかったのではないか。それが本書である。
素材の重複を厭わず、ふたたびユダヤ史に取り組んだ理由がここにあるように、訳者は思う。今回は歴史の具体的細部にはこだわらず、あるいはそれは読者の予備知識にまかせている。そのかわり、一つの歴史哲学を述べようとした--というと難しくなるが、二十世紀の西欧の歴史哲学者シュペングラーやトインビーの歴史観を叩き台として、彼なりの歴史観を提供している。
歴史観、つまり歴史の見方であるが、それは必ずしも唯一とは限らなくともよいし、また唯一でもありえない。
人それぞれに、種々の歴史哲学があってよい。歴史は鑑(かがみ)である。重要なことは過去を顧みてどのような未来を予想するかである。
ディモントの前提とした歴史観は、ユダヤ教から見て正統的でないかもしれない。タルムード主義に立つ正統派ユダヤ教を軽視しているように見えるからである。しかし、ユダヤ史の転換期においては、いつでも正統派の外から指導者と指導的発想が生まれている。ひょっとすると、ユダヤ人を含む人類の未来は彼のいうカバラー的第三幕がそのとおり始まっているのかもしれない。
ただし、歴史観とか歴史哲学とかいうと、一般読者はそんな学問的な書物は敬遠したいといわれるかもしれない。
ディモントの意図は、ユダヤ史を壮大な一つの民族叙事詩として楽しく読者に読んでもらいたい点にあると思うので、まず気楽に本書を読まれることを訳者としてお勧めする。
ユダヤ史と世界史との平行記述はディモントの独創ではない。実際、ユダヤ人の歴史を見れば、ユダヤ人のみの歴史として語ることはできない。
いつの時代にも他者の文明のなかに生きてきたからである。ユダヤ作家のハイム・ポトクも、彼の優れたユダヤ史の章に世界史の各民族の名を置いて自分の民族を間接に描いている。ディモントの特長は、ユダヤ人の目にどのように各民族の姿が映っているかの描写にある。
筆致はかなり痛烈である。羊のように柔和なユダヤ人でなく、喧嘩早い中世のユダヤ人のように、他の国々をこき下ろしている。キリスト教についても遠慮なしである。不満に思う読者もおられるだろう。訳者もしばし当惑した。
しかしこれらは甘受しよう。西欧的教養を身に着けたディモントも、間違いなく誇り高いユダヤ人だからである。
本書が明るい歴史観に立つとはいっても、やはりユダヤ人は数奇な運命をたどった、特殊な民族には違いない。しかし、芸術の世界ではもっとも個性的なものが多くの人びとを魅了し感動させる。
同様に、ユダヤ人が特殊な民族文化を生み出したが、人類に共通の文化と価値観を提供し続けてきたのには驚かされる。たとえば、旧新約聖書と世界の三つの一神教、資本主義、共産主義の思想、深層心理学、新しい物理学などはよく知られている。
本書で、さらに様々の物事がユダヤ的ルーツに遡ることを知らされる。ユダヤ民族の二つの傾向、「民族主義」と「普遍主義」のあることは、意外に知られていない。読者はユダヤ人への見方の枠(パラダイム)を新たにされることだろう。そして固定的な先入観で仕込まれたユダヤ人観は、打ちこわされるに違いない。
優秀な民族と賛美しすぎることも、世界支配の陰謀を秘めた連中だと警戒することも、悲しい受難の運命を負った民族として同情することも、あるいはパレスチナ・アラブ人を迫害する支配者と非難することも、いずれも偏った見方でしかない。とはいえ、どのような像を描くかは読者一人びとりの自由である。真正のユダヤ思想からいえば、そのような大事なことは外から強制してはいけない。何においても学んで正しく考え正しく生き行動するのは、個人の責任と権利である。本書の役目はそのための資料提供にあると思っている。
内容説明
『ユダヤ人神と歴史のはざまで』の著者が従来の受難の民という歴史観に飽き足らず、積極的、肯定的な「明るい」ユダヤ史を一貫して書いている。カバラー主義(神秘主義)の発想でユダヤ史の時代の流れを見て、過去・現在・未来を2000年単位で語る。世界の歴史がユダヤ人の活躍の舞台となり、つねに諸文明に創造力を提供してきたその理由を説明する。
目次
第1幕 啓示された運命―アブラハムからイエスまで
第2幕 世界への離散―イエスからベングリオンまで
第3幕 ディアスポラとシオン―ベングリオンからメシアへ