内容説明
「あなたは誰?」と、無数の鳥が啼く―望まない結婚をした娘が、「白人の墓場」で見た熱帯の幻と憂鬱。自伝的小説、本邦初訳。
著者等紹介
カヴァン,アンナ[カヴァン,アンナ] [Kavan,Anna]
1901‐1968。1901年、フランス在住の裕福なイギリス人の両親のもとにヘレン・エミリー・ウッズとして生まれる。1920年代から30年代にかけて、最初の結婚の際の姓名であるヘレン・ファーガソン名義で小説を発表する。幼い頃から不安定な精神状態にあり、結婚生活が破綻した頃からヘロインを常用する。精神病院に入院していた頃の体験を元にした作品集『アサイラム・ピース』(40)からアンナ・カヴァンと改名する。終末的な傑作長篇『氷』(67)を発表した翌年の1968年、死去
佐田千織[サダチオリ]
1965年生まれ。関西大学文学部卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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幻想文学好きの本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
yn1951jp
48
あの「氷」の世界の対局、灼熱の太陽と雷雨の熱帯で、臆病で脆弱な娘を支配する冷酷で凶暴な夫。敵対する酷暑の世界でただ一人、娘を守ろうとする若者に出会うが、出会いを永遠に追体験し続けることを願い自らの未来へ踏み出せない娘。生気を奪われた炎暑の中で、自分を守ろうとする若者が現実と思えず、不快さばかりで空っぽな日々を待ち続ける。機械的に神経を逆なでるように「あなたは誰?」と誰ひとり返事することもできない問いを永遠に繰り返すチャバラカッコウ。踏み出す未来に希望ではなく不安しか見いだせないのは、私たちの現実でもある。2015/05/16
miyu
41
アサイラム・ピースを読んだ時の切ない懐かしさとは違って、何とも不快な気持ちの募る作品だ。暑苦しさ極まりない場所で(ミャンマーらしい)やかましいカッコウが四六時中鳴き叫び、出てくる人々は誰もが疑いもなく鬱陶しい。一切の自立を拒否したような幼児性に溢れた存在の娘は、同情心や保護したい気持ちをまるで喚起しない。狂気に満ちた夫のドッグヘッドがむしろ哀れに感じるのは私が真正ドSだからかもしれない。娘の救世主たるスエードブーツさえもがまるでペテン師のようだ。熱帯が舞台でも変わらぬカヴァンの乾いた焦燥感だけが残った。2015/06/15
zumi
41
ロブ=グリエ『嫉妬』を彷彿させる異様な語りと、機械的に問いを発し続ける鳥の鳴き声の反復によって、本当にクラクラしてしまう小説。淡々とした描写は、表面的な現実の裏に隠された不安感を顕在化させているとも感じ取れる。プロットは小島信夫のようでもあり、読んでいてかなり息の詰まるものでもある。俯瞰的な語りと鳥の鳴き声のため、あたかも森林の上空から、一気に下降していっているような気分になる。淡々とした断定的な描写は、感情の読み取れなさを一層引き立てる。2015/02/15
katokicchan
26
50年前に出版されたカヴァンの小説初訳本。東南アジアの不快な暑さと湿気に閉じ込められた濃密で不快な閉鎖空間で抑鬱感満載の話。タイトルは繰り返されるチャバラカッコウの鳴き声。カヴァンらしい文章の上に、精神的に厳しい時に読むと持ってかれそうなくらい落ち込んでいく。特筆すべきことは、50年前に書かれたとは思えない技法で、シュールな仕掛けがなされ、不快で弱った読者を困惑される。誰にも勧められないが、この閉塞感はほんとたまらない。もうすぐ傑作「氷」が復刊するし、まだまだカヴァンの刊行ラッシュが続いてほしい。2015/01/12
梟をめぐる読書
22
佳作。関係性の破綻した<夫>との共同生活も、娘を「外の世界」へと連れ出そうと画策する<青年>の姿も、もはやカヴァン作品では見慣れたお馴染みのシチュエーションでしかない…のだが、彼女らしい繊細な筆致は『氷』とは真反対に熱帯の世界を舞台とした本作でも健在。晩年の発表作だが「実際に執筆された時期は不明」とのことで、「実験的」なラストも含め“ヘレン・ファーガソン”時代の習作だった可能性もあるのでは。しかし本作で示された<夫>と<娘>と<青年>の三者的な関係性は、やがて破格の傑作『氷』(1967)へと結実していく。2015/04/05