内容説明
親鸞思想の根幹である“往生”と“回向”は、一体どのようなことをいうのであろうか?曽我量深(近代真宗教学者)の思想をもとに、その核心を解明する待望の必読試論!土着化して習俗となった“死後往生”の観念の内に親鸞の往生思想を引き込んで、親鸞は死後往生を説いたと主張するなら、それは親鸞が説いた往生思想を歪んで捉えたものといえよう。なぜなら、親鸞は当時強く人びとを支配していた死後往生の観念を超えようとし、伝統的な往生思想は親鸞により深い変更を迫られていたからである。
目次
第1部 願往生心の基礎としての住むこと(住む場所をもつということ―拡張された往生の概念;「住むということ」から見た「詩と宗教」)
第2部 表現としての回向(西田幾多郎の見た親鸞―場所的論理と回向の思想;曽我量深の法蔵菩薩論と親鸞の回向の思想;鈴木大拙の浄土仏教観―本願と回向;親鸞の回向の思想―一切群生海の心としての法蔵菩薩)
第3部 親鸞の往生思想(曽我は果たして親鸞の往生論を誤解したか;現生往生とは何か―曽我の往生論;曽我の往生思想―小谷氏の往生論にふれて考える)
著者等紹介
長谷正當[ハセショウトウ]
1937(昭和12)年富山県に生まれる。65年京都大学大学院文学研究科博士課程修了(宗教学専攻)。文学博士(京大、88年)。76年京都大学文学部助教授、90年京都大学大学院大学研究科教授、2000年同退官。大谷大学教授(同年)、同特任教授(03年)を経て08年同退職。現在、京都大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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