出版社内容情報
『日本歴史』2013年7月号No.782号 書評より 評者:小林茂文
本書は,万葉時代の婚姻を双系家族説の立場から論じている。著者の栗原弘氏は,平安時代の婚姻や離婚の研究の第一人者として知られているが,絶望的な大病を経て万葉時代に新しく挑み,このたび本書を書き下ろした。その方法論は,研究史を押さえ,女性史研究の基礎を築いた高群逸枝やその後継者である関口裕子氏の史料操作上の陥穽を指摘し,史料を網羅して新しい歴史像を提示するというものである。評者は論証の多くに納得するが,一部の研究者を除き,古代の婚姻制度に誤解や無理解があるようである。本書の紹介を通じて理解を共有したいと考える。本書は,諸言,第一部「研究史」の二章,第二部「婚姻の後半期」の二章,一○の補説,総論「万葉時代の婚姻のまとめ」から構成されている。(以下略) 評者は,創造力を喚起する本が面白い
本と考える。既成観念にとらわれた批評であることを懼れるが,複数いるツマの間の社会的差異など,改めて「ツマ」概念を中心に古代の婚姻を調べたいと思った。また,万葉時代がすでに男性優位の社会であることが再確認できたが,それだけではなく,男女の対等な婚姻関係を築くためには何が必要か,例えば恋愛感情の主導権など,検討すべき課題は残されていると感じた。
「高知新聞」2012.5.28 書評より 評者:片岡雅文
元名古屋文理大学教授、栗原弘さん(四万十市出身)が新しい著作『万葉時代婚姻の研究』を出版した。万葉集の詠まれた時代(7~8世紀)における男女の結婚と離婚、家族制度などをめぐって考察を重ねた労作。万葉集をはじめ、古事記や日本書紀、風土記、日本霊異記などをもとに、これまでの研究を批判的に検討しながら、独自の知見を示している。古代日本の家族は、父系制とも母系制ともいわれてきたが、栗原さんはいずれの説も否定。父系・母系の双方を引く継ぐ“双系家族説”に立って、叙述を進めていく。・・・以下略・・・
『図書新聞』2012.8.4 書評より 評者:明石一紀
著者栗原氏の半生は、婚姻史における大著をもつ二人の偉大な女性史家、高群逸枝と関口裕子の研究との格闘に費やされた、と言っても過言ではない。これまで、平安時代の貴族層を中心に、高群説を根底から批判して覆し、『高群逸枝の婚姻女性史像の研究』『平安前期の家族と親族』などを発表してきたが、今度は、高群説を継承して奈良時代の婚姻史を研究してきた関口裕子説(『日本古代婚姻史の研究』など)を正面から批判する研究に力を注ぎ、本書をまとめられたのである。・・・略・・・さて、著者による母系家族説、すなわち高群・関口説に対する批判は、遠慮することなくまことに手厳しい。関口が古代の婚姻を「対偶婚」段階として位置づけて体系化を目指した著作『処女墓伝説歌考』も取り上げられている。この処女墓伝説歌とは、万葉集に載せられた、複数の男から求愛されて、立場に窮して自殺した女性の伝説的な歌5例のことである。まず、モルガンの婚姻史の発展段階説(集団婚→対偶婚→単婚)の「対偶婚」を都合がいいように自在に変更した内容だとする。そして、それぞれの歌の解釈は、無理な推論にもとづく独善的な解釈の仕方だ、と非難する。従って、古代を「対偶婚」の段階とする説を全面否定している。・・・略・・・同じ研究者の立場として言わせてもらえば、高群・関口説というのは、女性史家が全精魂をこめて体系的・史料的に構築した婚姻史論の大著であるため、色々な疑問点、間違いの指摘、首を傾げたくなる見解などに気づくことはあっても、いざ正面から全面的に批判する、ということになると二の足を踏んでしまう。そのためには、用意周到な準備と、体系的に取り組む情熱と、大著の隅まで読み解く根気と、綿密な考証とが要求され、並大抵な覚悟では取り組めない。しかも、他説批判は創造的研究となる前向きなテーマではなく、労力を惜しむ気持もおこる。この困難な批判の作業に取り組めるのは、その根気と情熱をもった栗原氏をおいては他にいない。・・・略・・・大病を克服して完全に復活された栗原氏と、困難な学術書の出版に踏み切られた刀水書房の勇断とに、本書の上梓を快挙として喜びたい。
目次
第1部 研究史(『招婿婚の研究』以降の研究史;母系家族説の婚姻論)
第2部 婚姻の前半期(出会いと名告り;最初のセックス(私的結婚の成立)―万葉時代のツマと夫婦の意味 ほか)
第3部 婚姻の後半期(婚姻居住形態;離婚)
補説(父系家族説の婚姻論;「娶」について―安貴王と中臣宅守の事例を中心として ほか)
総論 万葉時代の婚姻のまとめ
著者等紹介
栗原弘[クリハラヒロム]
1945年、高知県四万十市中村に生まれる。同志社大学大学院博士課程(後期課程)修了。文学博士。元名古屋文理大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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