中世イスラーム国家の財政と寄進―後期マムルーク朝の研究

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中世イスラーム国家の財政と寄進―後期マムルーク朝の研究

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  • サイズ A5判/ページ数 330p/高さ 23cm
  • 商品コード 9784887083936
  • NDC分類 242
  • Cコード C3022

目次

第1部 ナースィル体制の崩壊(ポスト・ナースィル時代の政治システムの変動―チェルケス・マムルーク朝の成立過程;ムフラド庁の設立と展開―制度的変化から見るマムルーク体制の変容)
第2部 国家財政とスルターン財政(スルターンの私財とワクフ―バルクークの事例;ザヒーラ考―スルターン財政の展開;マムルーク朝末期の財務行政―国家財政とスルターン財政;マムルーク朝末期シリアにおける財政政策―ダマスクスの事例)
第3部 ワクフ・国家・支配層(土地制度とワクフに関する同時代人の見方―バラートゥヌスィーを中心に;財産保有形態としてのワクフ―「自己受益ワクフ」の理論と実態;マムルーク体制とワクフ―イクター制衰退期の軍人支配の構造)
「国有地ワクフ」をめぐるイスラーム法上の議論―六~一〇/一二~一六世紀

著者等紹介

五十嵐大介[イガラシダイスケ]
1973年東京都に生まれる。2004年中央大学大学院文学研究科東洋史学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(史学)。JICA・青年海外協力隊、日本学術振興会特別研究員(DC、PD)等を経て、東京大学大学院人文社会系研究科次世代人文学開発センター・イスラーム地域研究部門特任研究員。専門はアラブ・イスラーム史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

『史学雑誌』第121編第12号 2012.12                評者:伊藤隆郎
著者五十嵐大介氏は、既に世界的に名を知られたマムルーク朝史研究者である。著者の研究は甚だ精力的で、次々と日本語および英語で論文を発表し、そして早くも本書をまとめられた。(中略) 序論では、本書の起点となる時期の性格および問題設定が説明される。著者は、西暦一○世紀以降一四世紀前半までを「イクター制の時代」と捉え、その一つの到達点を、ナースィル・ムハンマドの治世第三期(1310-41年)に実施されたナースィル検地(その詳細を佐藤次高氏が明らかにされた)を通じて整備された支配体制であったとする。そして本書の検討対象を、その後、すなわちナースィル・ムハンマドの没した1341年から、マムルーク朝がオスマン朝によって滅ぼされる1517年までにおける「イクター制の衰退過程と、それと軌を一にする国家体制の変容」〔三〕とする。(略)明言されてはいないが、佐藤次高『中世イスラム国家とアラブ社会』(山川出版社 1986年)の続編、ないしはそのやり残した問題に取り組むことが意識されていることは間違いない。著者が本書をナースィル・ムハンマド没後から始めるのは、そのためでもあろう。(略)第四章は、ザヒーラという語を手がかりに、国家財政とは別に発展したスルターン財政を考察する。(略)この章は、ザヒーラの用法とその変遷を明らかにし、スルターン財政の発展を追跡した力作で、本書の中核をなすものである。(以下略) 以上、若干の疑問点について記したが、この程度のことで本書の価値が揺らぐことはない。とりわけ、従来ほとんど実証的に研究されてこなかったマムルーク朝後半期の財政・土地制度に取り組み、それらの推移を提示した功績は大きく、おかげで私たちはようやくマムルーク朝時代を通じた財政史・土地制度史を見渡せるようになってきた。今後、マムルーク朝の財政・土地制度をはじめとする国制や同時代エジプト・シリアの社会経済を本書抜きに論じることはできない。また、他の時代や地域のワクフを研究する場合にも、本書が参考になる点は多いと思われる。すなわち本書は、マムルーク朝史の専門家は無論のこと、「イスラーム世界」の歴史研究に関わる者にとって、必読の書というべきであろう。(以上の書評引用に際して、原綴は省略しています―刀水書房)

『歴史学研究』第904号 2013年4月号                        評者:中町信孝
本書は、中世(この時代区分については後述)東アラブ世界における社会体制について、特にマムルーク朝時代(1250-1517年)に着目し、その変容過程を子細に分析した書である。意外なことに、これまでマムルーク朝のみを単独で扱う実証研究は邦文では出版されたことがなく、「後期マムルーク朝の研究」と銘打たれた本書の刊行はそれだけでも歓迎すべきであるが、むろん本書の功績はそれにとどまるものではない。(略)
本邦では早くからマムルーク、すなわち軍事奴隷が統治する国家という奇抜さが研究者の関心を集め、その独特の人材登用システムであるマムルーク制度を扱う研究がまず始まった。このような中で佐藤(次高)はマムルーク制度の持続を可能とした要因として土地・軍事制度であるイクター制に着目し、マムルーク制度とイクター制にを二本柱とするマムルーク朝の国家・社会構造をマムルーク体制と呼んだ(『中世史スラム国家とアラブ社会―イクタ―制の研究―』山川出版社、1986年、232-233頁)。これに対し本書の著者は、マムルーク制度とイクター制とは別個に論じられるべきであり、佐藤がマムルーク体制の完成期としたスルターン・ナースィル治世(1310-1341年)はイクター制の到達点ではあるものの、マムルーク制度の到達点とは必ずしも言えないとする。そしてナースィルの独裁の後、イクター制が崩壊しながらも、マムルークの中から継続的にスルターンを輩出する政治システムとしてのマムルーク制度が確立していったことを指摘し、そうした国家構造の変容がいかにして可能となったかを分析するのが本書の目的であるとする。

(略)以上、本書の内容を概観したが、本書の特徴の第一は、綿密な一次史料の読み込みにある。文書史料について言えば、エジプトの国立文書館、およびワクフ省に現存するマムルーク朝時代関連のワクフ文書の主要なものほとんどを分析対象としており、また叙述史料についても校訂本と写本とを問わず現在参照可能な資料を網羅的に用いている。これらにさらに一連の法学関連史料が加わることで、分析の幅を広げている。また上述の通り本書の目的は、マムルーク朝国家体制の変容過程を明らかにすることにあり、議論のスタートは著者による佐藤テーゼへの批判にあった。イクター制が崩壊するのと相反して、それを補う形でワクフを用いた経済活動・土地管理が発達していく様を描き出す本書の論旨は明快であり、説得力がある。本書はまさしく、佐藤の金字塔的研究を批判的に発展させたものであると言えるだろう。

(略)雑駁な世代論となることを恐れず概観するならば、これまで日本のマムルーク朝史研究では佐藤の金字塔的著作ののち、正面切って土地制度や社会経済史に挑む者は少なく、後進はむしろ都市社会史やウラマーの知的活動、支配エリートが有する政治文化や民衆の心性史などの分析に専念してきた。さらに佐藤自身も近年では、聖者伝を持ちた心性史、モノにまつわる生活史へと関心を向けていた(三浦徹「追悼文 佐藤次高先生」『史学雑誌』120-6(2011年6月)、1154-1156頁)。そうした中で著者はあえて「下部構造」に踏み込んでこれに挑み、本書という大きな成果を上げたのである。本書が打ち出した、ワクフ制度を軸とする「マムルーク体制」論は、今後のマムルーク朝研究の新たなスタンダードとなるであろうし、西洋史や日本史、中国史など他領域との比較研究にも十分な基盤を提供する。幅広い層の読者が本書を手に取り、マムルーク朝史研究の最新の成果を摘み取ってもらえればと願う。