刀水歴史全書<br> 沖縄の反戦ばあちゃん―松田カメ口述生活史

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刀水歴史全書
沖縄の反戦ばあちゃん―松田カメ口述生活史

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  • サイズ B6判/ページ数 199p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784887082427
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C1321

内容説明

沖縄に生まれ、サイパンに働き、太平洋戦争の戦火を血潮を浴びながらくぐり抜け、沖縄に帰っては反基地・反騒音のデモの先頭に立った農民松田カメさんの生涯。五年にわたる問わず語りに基地沖縄の現状と沖縄農民の生き抜く姿が現われる。

目次

第1章 沖縄に生まれる
第2章 紡績女工にいく
第3章 親のすすめで結婚
第4章 南洋へ出稼ぎに
第5章 サイパン島の生活
第6章 戦争がきた
第7章 収容所の生活
第8章 沖縄へ帰る
第9章 戦後の生活
第10章 爆音と戦争の記憶と

著者等紹介

平松幸三[ヒラマツコウゾウ]
1946年大阪生まれ。72年京都大学大学院修士課程修了。同大学工学部衛生工学科助手を経て、92年より武庫川女子大学教授。工学博士。70年から1年間スウェーデン環境保護庁で、81年から1年間英国サウサンプトン大学音響振動研究所で、研究に従事。専門は環境音響学。とくに騒音制御および騒音の影響、サウンドスケープ関連分野で研究。著訳書にハント著『音の科学文化史』(海青社、1984)、共著『環境イメージ論』(弘文堂、1992)など
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

沖縄に生まれ,内地で女工,結婚後サイパンへ出稼いで,戦争に巻込まれる。帰郷して米軍から返却された土地は騒音下。嘉手納基地爆音訴訟など反戦平和運動の先頭に立ったカメさんの原動力は理屈ではなく,生活体験だ

『沖縄タイムス』2001.1.16 書評より
嘉手納爆音訴訟原告団のシンボル的存在で,「反戦おばあ」として知られた故・松田カメさんの生涯をつづった本が15日に全国発売された。・・・略・・・(著者)平松教授は「カメさんが元気なうちに出したかった。基地周辺住民の生の声を出す事例は少ない。カメさんの人生は沖縄の苦難の歴史を象徴している。その思いを読み取ってほしい」と話した。・・・以下略・・・

『琉球新報』2001.1.26 書評より
松田さんは「反戦おばあ」のニックネームで親しまれ,平和行進,人間の鎖による嘉手納基地包囲,爆音訴訟といった運動で先頭に立った。強い意志を秘めた容姿が各方面から注目を集め彼女自身の人生経験を基にした「平和への強い思い」が報道機関などを通して報じられた。松田さんは,少女時代に本土で紡績女工として働き,結婚後,サイパン島へ出稼ぎに。この時戦争に巻き込まれた。帰郷後,自分らの土地が米軍に接収されていた。北谷町砂辺に住み,嘉手納基地爆音訴訟にも原告として精力的に取り組んだ。


『一坪反戦通信』No.121 2001.2.28 【新刊紹介】より          (評者:野口裕子)
楽しみにしていた本がやっと出た。「反戦おばあ」と呼ばれ嘉手納爆音訴訟原告団の一人として常に闘いの先頭に立ってきた松田カメさんの一生をまとめたものである。編者の平松幸三さん(武庫川女子大教授・工学博士)は沖縄県航空機騒音健康影響調査に加わったことがきっかけで,カメさんから5年間で10回にわたる聞き書きを行ったという。出版の動機を「なぜ基地の騒音に反対するのか,健康調査ではカバーできなかった戦争体験を踏まえた思いをカメさんの言葉で伝えたかった」と語っている。本の作りに,その姿勢がよく表れてる。口述史とあるように全編カメさんの話し言葉で綴られていて読みやすい。話の前後には丁寧な説明が加えられており,内容を理解するのに役立っているだけでなく,言葉の出典なども後ろにまとめて一覧されている。
また,日本の戦闘概要も記されているサイパン島の地図もあり,おりおりの写真とともに読み手の想像力を引き出してくれる。内容はカメさんの生い立ちから始まっているが,編者の言うように「波瀾万丈ではあるがシンプルな」一生であるだけに,明治から昭和にかけて生きた多くの沖縄女性がたどった道を跡づけることができる。兄弟姉妹9人の内彼女を含めて7人が南洋諸島に渡ったことも時代状況を反映しており,南洋における植民地最大の町サイパンでは人口の3分の2が沖縄人という一大沖縄社会が営まれていた。・・・以下略・・・


『東京新聞』2001.3.4 読書欄より
「戦争よりこわいものはないよ」と訴えつづけ,騒音が最も烈しい嘉手納基地の砂辺地区の家から一歩も動かず,嘉手納爆音訴訟の先頭に立ち,1995年に満91歳で生涯を閉じた“反戦おばあ<ばあちゃん>”の異名をとる松田カメさんの聞き書き。内地で紡績女工として働いた少女時代,サイパン島への出稼ぎ,米軍の攻撃,沖縄での生活など,証言は貴重だ。


『週刊読書人』2001.3.9 書評より                 (評者:下嶋哲朗)
沖縄の普遍性を抱えたオバーの人生―激烈な島の歴史が紐解かれる
・・・前略・・・学問から縁遠かったカメさんがなぜ,学者も納得する反戦平和の闘士だと称されるかは,カメさんの全人生を俯瞰して観てはじめて納得する。カメさんの人生は,途中の切り売りでは理解できない。同様に沖縄の歴史もである。このことを編者はカメさんの人生を通して明かしてゆく。闘士カメさんは,嘉手納基地爆音訴訟の原告に加わり,裁判闘争をする。編者はその訴訟に科学者として加わったようだが,「ところが現実に騒音が問題となっている場面で『科学』はしばしば無力に近い」ことに気づく。――「基地があることによってどれほど人生がねじまがったか」を抜きにして国に対する訴訟など片手落ちであり,そもそもそれ抜きに結論なぞ出してはならないはず,との当たり前のことだが,ある種のタイプの科学者が見過ごして来た
ことに。裁判官もその最重要を当然のごとく捨象する――カメさんの異常な歴史体験(つまり沖縄人の)の苦痛は,裁判により少しは解消されたかもしれないのだ。カメさんは日本の裁判(官)には幻滅,日本の政治(家)には絶望したようだ。そして希望を失う。・・・以下略・・・