内容説明
起稿七十余年、著者畢生の歴史小説、待望の刊行。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
93
『辺境図書館』の紹介がなければ、野溝七生子さんという作家の存在すら、知らないままだっただろう。こんなにも「あはれ」という言葉が似つかわしい物語が日本の作家によって紡がれていたなんて・・・。解説も久世光彦氏という贅沢さ。「言うことを訊く人間よりもままならない動物の方がいい。いつかは人間で狩りがしたい」と宣う、後に雄略天皇になる大長谷王子にすら感化させる眉輪王の出で立ちは真の高貴さを感じさせる。そしてハムレットと並ばされるが、眉輪王の危ういまでの純粋さは「この人をどうしても守りたい」と思わせる愛おしさがある。2017/12/01
syaori
43
「私の友よ、わが竪琴に聴くか」と、古代ギリシアの吟遊詩人が詠うように始まる「私達の遠い祖先の物語」は、古事記のように、大日下王の押木之玉縵に目が眩んだ根臣の穴穂王への讒言から始まり、その血腥い記事をなぞるように、間隙を埋めるように進みます。しかしそれは煙ったような月の下での出来事なので、すべて、たくさんの死も血も憎しみも美しい幻のよう。ただ、父と母を求める幼い眉輪王の孤独、その母と叔母女王の誇りと愛、愛を求める大長谷王子の寂寥、何度も繰り返された「さよなら」、そんなものばかりが幻の中で煌いているのです。2017/08/17
秋良
19
一人の男の場当たり的な欲望が、多くの人間を殺し、天皇の一族に争いを巻き起こす。愛、憎しみ、喜び、悲しみ、全てに全身全霊の古代の人々の激しさ。その先にある別れと再会は不思議なほど静かで、これを日本語で読める喜びに浸りながら本を閉じる。ちょっと綺麗な玉が欲しかった、ただ母が恋しかった、とにかく寂しさを埋めたかった、些細とも言えるきっかけが大惨事を生むスケール感。血腥い話を美しい叙事詩に変えてしまう言葉の使い方。古事記の新解釈って感じで良かった。2025/03/14
いやしの本棚
19
傑作。時間的に遠い古代の叙事詩であり、オルフェウスの竪琴にのせて語られる空間的に遠いギリシア神話のようでもあり、なお登場人物たちの痛切な愛と憎しみは、今を生きる読者の心の襞にも分け入ってくる。現代において悲劇とはこのように語られるべきと感じた。(…とか何とか言いつつ、ただただミーハーにも楽しめる豊かなストーリー性、エンターテイメント性に驚いた。これはえねっちけーさんが全3回くらいのスペシャルドラマにするべきだし、文庫化して『空色勾玉』の隣りに並べたほうがいい。ちなみに、わたしの推しキャラは押羽王です)2017/07/09
林檎依存症
10
家族仲良く暮らしていた眉輪王。しかし一人の男の策略で、彼の父は汚名を着せられ死んでしまう。悲しみの中、叔母は東宮の妃にされ、母は再婚し天皇の妃に。眉輪は幼くして家族と引き離され―。"7歳の子供が天皇を暗殺"というのに驚き、手に取った本。壮大な話だった!人名も仮名遣いも難しいけど、それもまた良かった。大長谷王子(東宮)と、若草香王女(叔母)の愛憎に悶える。「二人で地獄に堕ちるのだ。来い」とか…!眉輪の母は初恋の人?と再婚して、子の手を離して…駄目だなぁ。眉輪はただ、母の温もりが恋しかっただけなのに…切ない。2013/03/11