目次
第1章 わが師、わが父
第2章 大正は遠くなりにけり
第3章 世界を知る眸
第4章 塾教育への伏線
第5章 河合塾への一歩
第6章 『塾こそわが命』―戦争への激流
著者等紹介
河合恒人[カワイツネト]
大正14年12月11日名古屋市生まれ。昭和13年愛知一中(現・旭丘高校)入学。昭和15年肋膜炎発病。翌16年肺結核発病。大喀血で生死を危ぶまれるも療養回復。終戦。昭和21年難病の腸結核発病。父逸治の懸命の努力のお陰で、当時入手困難な特効薬ストレプトマイシンにより命を救われる。昭和32年名古屋商科大学第一回卒業。学校法人河合塾に勤務。昭和39年河合塾学長就任。平成18年退職。現在、ローマン派美術協会理事(審査員)。日本美術家連盟会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。