出版社内容情報
【はじめに】
生命の進化を辿っていくと,脊椎動物の誕生による免疫系の発達ほど興味の尽きない特筆すべきものはないであろう。 どのようにして,このような組織的で,かつ系統的な秩序あるタンパク質分子の選択と増殖システムが出現してきたのであろうか。
免疫システムは,侵入してきた様々な抗原に対して,さも当然のように応答し,その抗原に対して,高い親和性と特異性をもつ抗体タンパク質を遺伝子の組み換えで産生してくる。このような抗体遺伝子の再編成と一次抗原による体細胞高頻度変異,さらに,それに続くアフィニティ・マチュレ-ションなどとよばれる抗体産生にいたるプロセスは,生体における 「多様性をもつ分子の創出とその中からの分子選別」 のプロセスとも言えよう。
シーエムシー出版の月刊誌として発行されている「BIO INDUSTRY」 の特集,「コンビナトリアル・バイオエンジニアリング」(2001年6月号)では,生物を分子ツールとして用いて,DNA などの情報分子を機能分子に変換する新しいバイオテクノロジー,あるいは,コンビナトリアル・サイエンス領域が紹介されている。すなわち,自然界における進化の過程である「多様性の発生と選別」を人為的にかつ科学的にコントロールして機能的なタンパク質を創製する新しい分野である。抗体は,まさに,抗原による刺激を受けた細胞がなせる生体内の「コンビナトリアル・バイオエンジニアリング」の産物と言っても過言ではなく,新しいサイエンス領域の模範とも言える分子である。
最近,抗体を取り巻く環境では,バイオテロ,未知感染症に対する即効型中和抗体,細胞医療,ヒト抗体の作製を視野に入れた抗体医薬などの話題が尽きないが,ヒトに依存せずに,ファージや原核細胞や酵母などの細胞を用いて,ハイスループットに最適のものを選択創製する手法も注目されてきている。また,抗体の抗原との特異的な親和性を利用した新しい微量高感度分析法も続々と報告されてきている。さらに,バイオチップや細胞ディスプレイ系による抗体の変異体の調製も網羅的に進んでおり,抗体酵素の誕生の時のように,夢でもあった新しい機能をもったタンパク質分子がこの抗体を基盤にして,創製されてくるのではないかという期
待もはらんできている。
本書は,「BIO INDUSTRY」の2003年7月号で特集に組まれた「抗体エンジニアリングの最前線」に,さらに, 上記のような時代の要請に応えて,最新の周辺の話題をもりこんで,単行本化したもので,抗体エンジニアリングの最前線と今後の展開についてまとめ直したものである。
この最新の抗体エンジニアリングの本が新しい機能素子の創製や創薬など,基礎と実用研究の一助になれば幸いである。
最後に,ご多忙のなか, 執筆にご協力いただいた方々に深謝いたします。
2004年1月 京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻 植田 充美
【執筆者一覧(執筆順)】
植田 充美 京都大学 大学院 農学研究科 応用生命科学専攻 教授
浅野 竜太郎 東北大学 大学院 工学研究科 生物工学専攻 助手
津本 浩平 東北大学 大学院 工学研究科 生物工学専攻 助教授
熊谷 泉 東北大学 大学院 工学研究科 生物工学専攻 教授
片倉 啓雄 大阪大学 大学院 工学研究科 応用生物工学専攻 助教授
塩谷 捨明 大阪大学 大学院 工学研究科 応用生物工学専攻 教授
円谷 健 大阪府立大学 先端科学研究所 応用生体科学部門 助手
藤井 郁雄 大阪府立大学 先端科学研究所 応用生体科学部門 教授;
生物分子工学研究所 機能創製部門 部門長
林 影 京都大学 大学院 工学研究科;日本学術振興会 外国人特別研究員
近藤 昭彦 神戸大学 工学部 応用化学科 教授
河原 正浩 東京大学 大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 助手
上田 宏 東京大学 大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 助教授
長棟 輝行 東京大学 大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 教授
伊東 祐二 鹿児島大学 工学部 生体工学科 助教授
田中 孝一 鹿児島大学 工学部 生体工学科 大学院生
橋口 周平 鹿児島大学 工学部 生体工学科 助手
杉村 和久 鹿児島大学 工学部 生体工学科 教授
富塚 一磨 キリンビール(株) 医薬カンパニー 医薬探索研究所 主任研究員
黒岩 義巳 キリンビール(株) 医薬カンパニー 医薬探索研究所 研究員
石田 功 キリンビール(株) 医薬カンパニー 企画部 部長代理
大政 健史 大阪大学 大学院 工学研究科 応用生物工学専攻 助手
鈴木 義人 東京大学 大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教授
大川 秀郎 神戸大学 遺伝子実験センター
伊藤 嘉浩 (財)神奈川科学技術アカデミー 再生医療バイオリアクタープロジェクト プロジェクトリーダー;
長崎総合科学大学大学院 客員教授
山辺 敏雄 (財)神奈川科学技術アカデミー 非常勤研究員;(財)生産開発科学研究所 学術参与
民谷 栄一 北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 教授
山村 昌平 北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 ポスドク研究員
森田 資隆 北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 助手
鈴木 正康 富山大学 工学部 教授
岸 裕幸 富山医科薬科大学 医学部 助教授
村口 篤 富山医科薬科大学 医学部 教授
福崎 英一郎 大阪大学 大学院 工学研究科 助教授
【構成および内容】
第1章 組換え型抗体の現状と展望 浅野竜太郎,津本浩平,熊谷 泉
1.抗体
2.組換え型抗体
3.重鎖可変領域(VH)
4.可変領域断片(Fv)
5.一本鎖抗体(scFvとdsFv)
6.Fab
7.不溶性顆粒(封入体)の巻き戻しによる抗体の高効率調整システム
8.IgG
9.二重特異性抗体
10.抗体可変領域を用いた多量体化
11.異種タンパク質との融合
12.ヒト型化
13.今後の展望
第2章 抗原抗体反応の実践的速度論 片倉啓雄,塩谷捨明
1.はじめに
2.反応速度式
3.有効濃度
4.みかけの速度定数と真の速度定数
5.みかけの会合速度定数の意味
6.みかけの解離速度定数の意味
7.分子サイズが会合速度定数に及ぼす影響
8.おわりに
第3章 抗体酵素:免疫システムを用いた新規生体触媒の創出 円谷 健,藤井郁雄
1.はじめに
2.抗体タンパク質の多様性
3.抗体に触媒機能を付与する
4.遷移状態アナログの免疫による抗体酵素の作製
5.抗体酵素の構造と機能
5.1 遷移状態理論解析
5.2 抗体酵素の立体構造
6.抗体酵素が触媒する化学反応
6.1 不斉反応
6.1.1 メソ化合物のエナンチオ場区別反応
6.1.2 プロキラル化合物のエナンチオ面区別反応
6.1.3 エナンチオマー区別反応 (速度論的光学分割)
6.2 位置選択的反応
6.3 炭素 炭素結合形成反応
6.3.1 Diels-Alder反応
6.3.2 アルドール反応
7.その他の作製法
7.1 Heterologous Immunization
7.2 Reactive Immunization
8.おわりに
第4章 抗体酵素の新しいディスプレイ法の開拓 植田充美,林 影,近藤昭彦,藤井郁雄
1.はじめに
2.抗体酵素
3.細胞表層工学
4.抗体酵素のディスプレイ
4.1 ヘテロオリゴマーの細胞表層ディスプレイの戦略
4.2 細胞表層ディスプレイの可視化
4.3 基質結合活性と触媒活性
5.今後の展開
6.おわりに
第5章 抗体を用いた受容体のエンジニアリング
-効果的な細胞医療を目指して- 河原正浩,上田 宏,長棟輝行
1.はじめに
2.VHVL型キメラ受容体
2.1 キメラ受容体の分子設計
2.2 キメラ受容体によるEpoRおよびgp130のシグナル伝達の模倣
2.3 キメラ受容体によるEpoR-gp130ヘテロダイマーの誘導
2.4 遺伝子導入細胞の選択的増幅
3.ScFv型キメラ受容体
3.1 キメラ受容体の分子設計
3.2 ファージ選択ScFvのフルオレセイン結合性の確認
3.3 キメラ受容体の構築と細胞での発現
3.4 フルオレセインダイマーによる細胞増殖制御
3.5 フルオレセインダイマーを用いた遺伝子導入細胞の選択的増幅
4.おわりに
第6章 ヒト抗体エンジニアリングと分子標的医療 伊東祐二,田中孝一,橋口周平,杉村和久
1.はじめに
2.抗体医薬
2.1 抗体工学
2.2 完全ヒト抗体医薬作製への新しいアプローチ
3.ヒトファージ抗体ライブラリー
3.1 抗体ファージライブラリーの概略
3.2 抗体ファージライブラリーの種類
3.2.1 ナイーブ・非免疫(non-immunized)ライブラリー
3.2.2 合成ライブラリー
3.2.3 免疫(immunized)ライブラリー
3.3 ヒト抗体ライブラリーの構築
4.ライブラリーからのヒト抗体の単離
4.1 抗IL-6抗体の意義
4.2 パンニングによる抗体クローンの単離
5.今後の展開
第7章 ヒト染色体導入マウス(TCマウス)を利用したヒト抗体医薬開発 富塚一磨,黒岩義巳,石田 功
1.はじめに
2.ヒト抗体生産トランスジェニックマウス
3.トランスクロモ(TC)マウス
4.KMマウス
5.ヒト人工染色体(HAC)
6.おわりに
第8章 抗体医薬の生産技術-動物細胞による物質生産の現状と課題- 大政健史
1.はじめに
2.培養方法の発展と現状課題
2.1 培地の発展と問題点
2.2 培養方法回分,流加,連続
2.3 細胞の生理状態変化と糖鎖修飾制御
3.工業細胞における宿主ベクター系の現状と課題
3.1 はじめに
3.2 薬剤上昇法と構築された細胞株の性質
3.3 遺伝子増幅領域のFISHを用いた解析
3.4 セルソーターを用いた迅速細胞分離法の試み
3.5 画像解析を用いた遺伝子組換えCHO細胞染色体の分類
4.おわりに
第9章 植物における抗体生産の現状と展望 鈴木義人
1.はじめに
2.植物における抗体の発現法
2.1 抗体遺伝子の取得と発現形態
2.2 発現の細胞内局在性
2.3 一過性発現とトランスジェニック植物による発現
3.molecular farmingとしての植物による抗体生産
4.内生抗原をターゲットとするimmuno-modulation
4.1 植物ホルモン作用の制御
4.2 フィトクローム
4.3 代謝酵素活性の制御
5.外来抗原をターゲットとするimmuno-modulation
5.1 病原抵抗性の付与
5.2 除草剤抵抗性の付与
6.今後の展望
第10章 競争のいらない小分子の高感度免疫測定法の開発 上田 宏,大川秀郎,長棟輝行
1.はじめに
2.既往の小分子薬物測定法
3.オープンサンドイッチELISA(OS-ELISA)
4.OS-ELISAによるモデル小分子の測定
5.酵素相補性を利用した高感度ホモジニアス測定
6.オープンサンドイッチ法によるビスフェノールAの測定
7.おわりに
第11章 抗体マイクロアレイ 伊藤嘉浩,山辺敏雄
1.はじめに
2.マイクロアレイ型チップの歴史
3.抗体マイクロアレイの原理
4.抗体マクロアレイ製造方法
5.マイクロアレイでの検出方法
6.抗体マイクロアレイの実際
7.抗体マイクロアレイを用いた解析例
7.1 タンパク質解析
7.2 細胞分析
8.マイクロアレイ・チップの今後
第12章 バイオセンサーチップと抗体エンジニアリング
民谷栄一,山村昌平,森田資隆,鈴木正康,岸 裕幸,村口 篤
1.バイオセンサーと免疫センター
1.1 水晶振動子を用いる免疫センサー
1.2 パルスイムノアッセイチップ
1.3 キャピラリー電気泳動による酵素免疫アッセイ
1.4 イムノクロマトチップを用いた環境ホルモン計測
1.5 マイクロフロー蛍光イムノチップセンサー
2.免疫細胞チップを用いる抗体のスクリーニング
第13章 機械だけで作る抗体:アプタマー 伊藤嘉浩,福崎英一郎
1.はじめに
2.アプタマーの作成法
3.アプタマーの特徴
4.医薬としてのアプタマー
5.プロテーム解析・診断技術のためのアプタマー
6.複合機能化アプタマー・デバイスの作成
7.おわりに
内容説明
「BIO INDUSTRY」の2003年7月号で特集に組まれた「抗体エンジニアリングの最前線」に、時代の要請に応えて、最新の周辺の話題をもりこんで、単行本化したもので、抗体エンジニアリングの最前線と今後の展開についてまとめ直したものである。
目次
組換え型抗体の現状と展望
抗原抗体反応の実践的速度論
抗体酵素:免疫システムを用いた新規生体触媒の創出
抗体酵素の新しいディスプレイ法の開拓
抗体を用いた受容体のエンジニアリング―効果的な細胞医療を目指して
ヒト抗体エンジニアリングと分子標的医療
ヒト染色体導入マウス(TCマウス)を利用したヒト抗体医薬開発
抗体医薬の生産技術―動物細胞による物質生産の現状と課題
植物における抗体生産の現状と展望
競争のいらない小分子の高感度免疫測定法の開発
抗体マイクロアレイ
バイオセンサーチップと抗体エンジニアリング
機械だけで作る抗体:アプタマー
著者等紹介
植田充美[ウエダミツヨシ]
京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻教授
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。