出版社内容情報
ネット広告を皮切りに、デジタルマーケティング事業などを展開する「セプテーニ・ホールディングス」を東証スタンダード企業にまで一代で築き上げた。
35歳で仲間7人と起業。”ひねらんかい”精神で課題解決型企業を目指す。創業者でありながら、自らに「50歳での社長退任」「60歳で会長退任」という規律を課し、それを実行。社長退任は満49歳のときだった。
七村氏は父親を10歳のときに亡くし、母親は女手一つで4人の子どもを育て上げた。その母親も七村氏が26歳のときに亡くなった。そんな人生が同氏の経営観につながっている。
セプテーニ・ホールディングスの基礎をつくり上げ、その経営から身を引いた後も、いくつかの個人会社を創業するなど、起業家人生を続けている七村氏の起業家人生を辿る。
人は何のために生き、働くのか――というテーマを70歳を過ぎた今も追い求める七村氏。何より大事なのは、七村氏はいま、“人づくり”に傾注していることだ。
母校・山口大学(国立)に『七村奨学金』を設立し、若者の学業を視点しているのも、その1つ。若い世代に期待する気持ちが本人に強くあることはもちろんだが、七村氏本人もこれまでの人生で多くの先人・先輩に激励してもらい、また自分が啓発されることでエネルギーをもらったという思いがあるということ。
先輩経営者の堀場雅夫氏(堀場製作所創業者)や稲盛和夫氏(京セラ創業者)からも多くの薫陶を受けた。例えば、稲盛氏からは『利他の精神』を学んだ。世のため、人のために生きるという『利他の精神』だが、こうした経営思想が人と人をつなぎ、さらには企業と企業を、国と国をつなぐものへと昇華していく。
先人から、今を生きる自分たちの世代、そして未来を担う若い世代へと、「人」として大事なことをつないでいくという営みは、これからも続く。
【目次】
まえがき
第1部 経営哲学を探る
第1章 バブル経済が崩壊、逆風が吹き始める中、35歳で起業
第2章 起業して3カ月後、資金が枯渇。取引先に正直に窮状を説明して……
第3章 『自分の人生の主人公は自分』を実践して思うこと
第4章 京セラ創業者・稲盛和夫の『利他の精神』に学ぶ
第5章 『50歳で社長を、60歳で会長を退任』を決断
第6章 大学時代のアルバイト先で、〝ひねらんかい精神〟をすでに発揮
第7章 早朝から深夜まで働いた母親。その母の背中を見て築いた人生観
第8章 今は縮小均衡から拡大成長のとき―。「どんな人も活躍できるチャンス」
第2部 若い世代へのメッセージ
第1章 創業者トップとしての身の引き方
第2章 引き継いでいきたい思想・信条
第3章 いま次世代に伝えたいこと
あとがき
内容説明
35歳で仲間7人と起業、”ひねらんかい”精神で課題解決型企業を。
目次
第1部 経営哲学を探る(バブル経済が崩壊、逆風が吹き始める中、35歳で起業;起業して3カ月後、資金が枯渇。取引先に正直に窮状を説明して…;『自分の人生の主人公は自分』を実践して思うこと;京セラ創業者・稲盛和夫の『利他の精神』に学ぶ;『50歳で社長を、60歳で会長を退任』を決断;大学時代のアルバイト先で、”ひねらんかい精神”をすでに発揮;早朝から深夜まで働いた母親。その母の背中を見て築いた人生観;今は縮小均衡から拡大成長のとき。「どんな人も活躍できるチャンス」)
第2部 若い世代へのメッセージ(創業者トップとしての身の引き方;引き継いでいきたい思想・信条;いま次世代に伝えたいこと)
著者等紹介
七村守[ナナムラマモル]
1955年大阪府生まれ。79年山口大学経済学部卒業後、リクルート入社。89年北関東支社長を経て、90年サブ・アンド・リミナル(現セプテーニ・ホールディングス)を設立、91年社長。2001年にJASDAQ(現東証スタンダード市場)に上場を果たす。24年間取締役を務めた後、14年12月に名誉会長に就任。20年に名誉会長を退任。日本人材ビジネス協議会理事長、山口大学理事などを務める
村田博文[ムラタヒロフミ]
1947年宮崎県生まれ。70年早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。77年財界研究所移籍、88年『財界』編集長、91年取締役編集長、92年6月常務取締役編集長、同年9月代表取締役社長兼主幹(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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