内容説明
大正五年(一九一六)長野県飯田で生まれ、炭鉱の町・熊本県荒尾で育った少女は小学校に入ると間もなく父の指導で自由詩や童謡を作り始める。毎月のように雑誌「赤い鳥」に投稿し、多くの作品が北原白秋に称賛された。歌人若山牧水との交流もあり、女学校に入学するころには短歌に目覚めていく。しかし、詩才は大きく花開く日を迎えないまま突然、落ちた。海達公子、十六歳の春。あとには五千編の詩と三百首の短歌が遺された。
目次
公子出生
よく遊び、よく学ぶ
華々しいデビュー
めぐり会った人々
高等女学校入学のあとさき
父貴文、朝鮮へ出奔
みどりの旅
恋慕そして苦悩
命短し
公子亡き後の海達家
著者等紹介
規工川佑輔[キクカワユウスケ]
1929年熊本県に生まれる。1950年熊本大学熊本師範学校卒業。短歌結社「アララギ」に入会。公立小・中学校教諭。1961年熊本大学教育学部付属中学校教諭(在勤14年)。1967年全国大学国語教育学会入会(2002年まで会員)。1975年熊本県教育委員会(指導主事、県教育庁指導室主幹)。1979年公立学校小中学校長。1987年熊本大学教育学部付属中学校副校長(1990年まで)。1990年専修大学玉名高校講師(1997年まで)。1996年岱明町教育委員、教育委員長(今日に至る)。受賞、1989年第38回読売教育賞(国語教育)。文部大臣教育者表彰
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
-
- 洋書
- §§ 346-35…