内容説明
日本の植民地支配下での幼年時代。何度も支配が入れ替わる朝鮮戦争下のソウルで生き抜いた苦闘の日々。“家族”との葛藤、母親との確執、そして大人の女性へ―。
目次
あんなにあった酸葉をだれがみんな食べたのか
あの山は本当にそこにあったのか
著者等紹介
朴婉緒[パクワンソ]
1931年10月20日‐2011年1月22日、享年79。1931年、開城(現在の北朝鮮南部の都市)近くの田園地帯で両班の家系に生まれる。14歳の時、日本の植民地支配から解放。19歳でソウル大学国文科に入学するも、すぐに朝鮮戦争が勃発。戦時下に兄と叔父を亡くす。戦後、ソウルの米軍用購買部・PXに勤務。学業を諦め、そこで知り合った韓国人男性と22歳で結婚、一男四女を産み育てる。39歳の時(1970年)に小説「裸木」で文壇にデビュー。長編小説「都市の凶年」や「よろめく午後」では、戦後の中産層のゆがんだ物質主義的な欲求と虚栄意識を批判的に描いた。中編小説『母さんの杭』では、母が手術後の病床で兄の朝鮮戦争時の悲劇的な死を思い出し、恐怖のあまり発狂する場面を母と「私」だけが共有する記憶として描き出し、李箱文学賞を受賞した(山田佳子訳『現代韓国短編選下』所収、岩波書店、2002)また、1990年には「未忘」で大韓民国文学賞を受賞するなど、韓国の主だった文学賞を数多く受賞し、誰もが知る国民的作家となった
真野保久[マノヤスヒサ]
1948年富山県生まれ。神奈川大学在学中に日韓近代史に関心を持ち、歴史を学ぶ。横浜市に勤務しながら仲間たちと韓国現代文学を読む。定年退職後、延世大語学堂に語学留学
朴〓恩[パクキョンウン]
1980年ソウル生まれ。2006年来日。東京女子大学現代文化部卒業後、外国語学院で韓国語講師として勤務
李正福[イジョンボク]
1982年韓国で生まれる。2006年来日し、横浜国立大学教育学部卒業。2010年APEC JAPANの韓国記者団の通訳や2011年横浜トリエンナーレで北仲スクール(横浜文化創造都市スクール)が主催した「アートと戦争」にも参加。以後、企業向けの翻訳・通訳の仕事と韓国語講師として活動(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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