内容説明
檻に囚われた豚の親子、肥り続ける体に苦しむ雛鳥、ひたすら卵を産まされる雌鶏、顧みられてこなかった食卓の舞台裏でいま、何が起こっているのか?畜産現場からの報告と権力分析をもとに食用の生命商品として翻弄される動物たちの現実に迫る。
目次
序(記録されてこなかった動物たちの生;書かれてきたものとその欠落;動物たちの現実に即して)
第1章 囚われの母豚、投げられる子豚(工場式畜産;檻の生活;化学的管理;人間労働;殺処分;身体損傷;母子生活の破壊)
第2章 死にゆく雛鳥たち(生の管理;肉用鶏の到来;量産体制;環境悪化;急成長;過密;死の蔓延;最後の日々)
第3章 産まされ続ける雌鶏たち(バタリー鶏舎;生殖搾取;危険環境;殺される雌鶏たち;動物福祉;強制換羽;暴力の外部委託)
終章 進むべき道(公開質問状;動物たちの現実;動物不在の思考;脱搾取;動物産業の解体;夫権制の打倒)
著者等紹介
井上太一[イノウエタイチ]
翻訳家・執筆家。既存の正義から取りこぼされてきた者たちの権利向上をめざし、脱人間中心主義の文献を翻訳・執筆することに携わる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Humbaba
4
動物を食べることは、動物の命を奪うことである。それは誰もがわかっているし、だからこそ感謝して食べるという話になる。しかし、その生き物が育てられる環境があまりにも劣悪であるとすれば、それは改善が必須となる。何が正解かはわからないが、少なくとも今のやり方が不正解であることはわかっている。不正解であれば、あるべき形を考えながら適切な方向に変えていく必要がある。2024/07/21
こゆき
0
毎日の食事という当たり前の中に、そして人間の欲という闇の中に「食材」として組み込まれてしまった動物たち、その動物たちを産む生殖奴隷として使い倒される雌動物たちのあまりに不幸で儚い一生を思うと、胸がつまる。 食材に困る事のない現代の日本において、全ての生き物の幸福な生とは何か。かれらは本当に食べ物なのか? 随所に述べられている畜産の歴史・構造と、著者のフェミニズムの思想も、多くの気付きと学びを与えてくれた。2023/12/24
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