出版社内容情報
シュルレアリスト、物質[オブジェ]の陰画
瀧口修造、写真との出会いから超「現実」への凝視まで。
詩人と写真はいかに交わったか?
〈瀧口修造は、透徹した精神と思想で、「影像」が呼び起こす未来の可能性を求め続けた。〉――本文より
■附:A3判 瀧口修造詳細写真年表■
日本を代表する芸術家の原点、〈写真〉に焦点を合わせ、その全貌を明らかにする。画期的論考。
これまで書かれることのなかった故郷のこと、幼少期から学生時代など、批評活動を始める前までの背景などを詳しく紹介。テキスト、図版とも、今後の瀧口研究の貴重な資料となる。
瀧口修造(1903-1979)とは?
富山県生まれ。日本を代表するシュルレアリスム詩人、批評家、画家。戦前、戦後を通じ日本で最も影響力のあった美術・写真批評家。1930年にアンドレ・ブルトン著の『シュルレアリスムと絵画』を翻訳するなど、瀧口は日本におけるシュルレアリスムの普及に貢献。1937年には詩人の山中散生とともに「海外超現実主義作品展」を開催。38年に主著『近代芸術』を、40年に画家ジョアン・ミロに関する世界初の論文出版。戦後、日本前衛芸術の精神的支柱として活躍。51年、詩人や美術家、音楽家、技術者らが加わった総合芸術グループ「実験工房」発足。同時期に、タケミヤ画廊での展覧会の企画に無償で携わり、瑛九、加納光於、岡上淑子、草間彌生、河原温、池田満寿夫、野中ユリら、多くの後進を見い出し、晩年まで作家たちへの支援を惜しまなかった。58年、ヴェネチア・ビエンナーレのコミッショナーとして渡欧。アンドレ・ブルトン、サルバドール・ダリ、マルセル・デュシャンらと会う。
【目次】
瀧口修造 写真との邂逅
写真と物質 戦前の瀧口修造の写真論をめぐって
マン・レイと瀧口修造
写真家・大辻清司と瀧口修造
瀧口修造と前衛写真
瀧口修造 写真関連年譜
あとがき
【目次】
瀧口修造 写真との邂逅
写真と物質 戦前の瀧口修造の写真論をめぐって
マン・レイと瀧口修造
写真家・大辻清司と瀧口修造
瀧口修造と前衛写真
瀧口修造 写真関連年譜
あとがき
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