内容説明
肉体に封じこめられた魂。湖のむこう岸のように遠く、かすかにひびくその声“ファルセット”が今日も聴こえる―。第8回現代短歌社賞次席の著者の、清冽なデビュー作。
目次
花の呼吸
神様の煙草
血
樹を切り倒すように
父が産まれる
星を舐める
眼球の奥の小部屋
草原の声
黒いカエル
1のりば〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
qoop
7
溢れ出る切実さを寸前で成形したかのような歌の数々。血の匂いがしそうな生々しさを透明の皮膜一枚で閉じ込め、漂ってこない筈の匂いを鼻先に感じる鮮烈さ。境遇の違いを越えて感情が引っ張られる詩歌の強みが十分に味わえる一冊。/花柄の服を着てはじめてわかる光を吸って吐いて吸うこと/祖父は父を父はわたしをわたしはわたしを殴って許されてきた/「座禅会行こう」と父に誘われる精神薬を嫌がる父に/「臭ったらやだな」とやさしい友人がカメムシに近づけるガムテープ/海綿体、許可なく膨れあがるのはおやめ お前は斧ではないよ2022/04/10
新谷 華央里
4
感情をコントロールできないのは、果たして弱さや脆さなのだろうか。そうではないと思う。制御できないからこそ感情みたいなところがある。そして表現に幅が生まれる。そんな御しがたい感情という「獣」を引き連れた旅の途上の記録のような歌集。もう少し感情に方向性が生まれたステージの歌も読んでみたい気持ちも。2023/02/11
toron*
4
水滴と水滴を繋げるような悲しみかたを窓に教わる 銀のフォークをミルクレープに沈めゆく力加減であなたに沈む 静寂に宇宙が軋む この星も見えざる腕の球体関節 霧は樹々に切り刻まれてそのようにわたしも抱きたかったよ君を 歌集の中にはほとんど他者が出てこない。出てきても家族くらいで「君」や「あなた」は自分自身のことのように感じられた。自分の中の血とずっと対話しているような。しかしそれにはきっと結論がないだろう。何処かギリシャ悲劇を見ているような、美しいけれど救いのなさに却って救われるような感覚があった。2022/03/13