内容説明
ハイデガー、ベルクソン、ドゥルーズはこう言っていたのか!かならず死んでしまうのに、われわれはなぜ、苦労して生きていかなければならないのか?「存在」と「世界」のあり方を問いつづけた哲学者たちの思考をたどる。
目次
第1章 なぜ私は存在しているのか?―哲学との出会い(最初の一歩;哲学とは何か?;哲学と思想 ほか)
第2章 「存在」と「無」―ハイデガーと西田幾多郎の哲学(ハイデガー;存在と無と場所と;「もの」と「こと」 ほか)
第3章 哲学者たちは世界をどう考えてきたのか(世界は私か、それとも存在しないのか;よくわからない「モナド」―ライプニッツの宇宙;「モナド」再考 ほか)
著者等紹介
中村昇[ナカムラノボル]
1958年長崎県佐世保市生まれ。中央大学教授。専攻は哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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おもしろい。言葉に対するご自身の感覚や理解のままに思索を連ねていくので、わかりやすいと思うところはとてもわかるし、説明が入って来づらいところもある。現存在の様態があるから、存在とそれによる無も生起するし、了解できる。生命、というか物質すべては流動し、いまいま変容し続けていて、環境(意味連関の世界内)で生じる生成と消失により開かれた関係そのものが、固有の「もの・こと」となる。生きるとは、現れ続ける差異や矛盾を止揚するなかで、認識される自己同一性であり、これが活動的存在。アンリ・フォシオンを思い出した。2026/02/10
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