内容説明
「破局はすでに起きてしまった」見田宗介の思想を起点に、気候危機による“世界の終わり”を回避するための真の選択を探る。
目次
対談 “脱成長”の現代社会論―「高原の見晴らし」から「脱成長コミュニズム」へ(斎藤幸平+大澤真幸)(脱成長、あるいは「高原の見晴らし」;マルクス主義の新しい道;脱するべきは資本主義か;自由の制限は許されるのか;ジェネレーション・レフトにみる階級闘争;「時間」の概念と未来の他者;マルクスが見たユートピア;日本で革命は起きるか)
論文 資本主義とエコロジー(大澤真幸)(資本主義を維持すべきか、捨て去るべきか?;自然科学―味方か敵か;根を下ろす大地はない;エコロジカルな破局への対策が満たすべき二つの形式的な条件;資本主義の時間;〈今の時〉;裏返しの終末論)
著者等紹介
大澤真幸[オオサワマサチ]
1958年生まれ。社会学。個人思想誌「THINKING「O」」主宰。『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞を受賞。『自由という牢獄』で河合隼雄学芸賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ころこ
35
環境問題をきっかけとして資本主義を否定し、脱成長コミュニズムを達成しなければならない。ゲスト斎藤の思想的な相手をするのは見田宗介だ。見田の考えは資本主義の考え方を大きくみて、肯定しつつ斎藤と同じような社会構想に辿り着けるのではないかという。これに対する斎藤の言葉遣いが気になる。「いまおっしゃったのは「コンサマトリー」に関連するお話ですね。」「これと似た話で、山口周さんも…という本の中で…」という風に自説を肯定して、自説と見田や周辺の言説との折り合いを探っている。大澤が言っているのは、言葉面の一致ではない。2023/07/15
原玉幸子
16
「見田宗介の思想を起点に……」との帯の文句に惹かれての選書です。分り難かった最後段の大澤の論理学的な論説を除けば、斎藤との対談然り、「感性=コンサマトリー(即時充足的)」や、俗っぽい「時間」等の「キーワード読み」で、すらすら読める内容です。醜悪な資本主義の限界を論じ、何をすべきか、何が出来るか。殆ど前掲の『崩壊学』と課題認識が同じなので、選書は良くても、もっと後にすれば良かった、と後悔。ここに『ピダハン』が出て来るか~、との軽い驚きと、「福祉は衝動である」との言説の引用は感動します。(◎2023年・秋)2023/09/08
門哉 彗遙
4
あかん、難しかった。斎藤幸平の話は分かりやすいのだけれど、この著者やこの著者の師匠のいってることがよく分からない。簡単なことをコネクリ回して難しく言うてるだけのような。2023/09/09
マウンテンゴリラ
3
大澤真幸氏と斎藤幸平氏の対談という形であるが、そこにもう一人の主役、大澤氏の師である見田宗介氏(故人)が加わった鼎談、という印象を受けた。資本主義が単に経済活力の原動力としてだけでなく、国際社会、さらには人類の存続にとって、もはや限界にきているのではないか、という点で三者の意見は一致し、個人的にも大いに賛同できる内容であった。資本主義を漠然とシステムの形態と観た場合、その存続の危機、という点に関しては三者の意見はおおむね一致しており、コミュニズム(共産主義)に対する距離の取り方、資本主義の存廃、→(2) 2023/08/14
Book shelf
2
温暖化が招く気候変動を抑えるために脱成長を主張する斎藤氏との対話式による記述が前半。後半からは徐々に終末論について大澤氏の持論が展開する。哲学的な内容だが歴史を学ぶ意義を感じて興味深い。惨事を体験した未来を生きる私達は過去を反省すると同時に、未来を同じ過ちを繰り返さない道に導くことができる。それはそうすべきという要望としてではなく、過ちは必ず起こることを前提にしなければならないという主張に、温暖化対策への強い意志が伝わる。本来歴史家が持つべき視点かもしれない2024/04/06