内容説明
近世・近代・現代を貫く日本語詩歌論。大谷能生音楽批評の集大成。
目次
1 言語活動とうた
2 邦楽の方へ
3 「民衆」と音楽
4 土着化の過程
6 リズムと身体と語りの変容
7 チューサン階級のトモ
8 J‐POPまでの歌詞構造
9 うたのわかれ
10 思い出せないことなど
著者等紹介
大谷能生[オオタニヨシオ]
音楽家としてサックス/CDJ/PCなどを組み合わせた演奏で、sim(w/大島輝之、植村昌弘)、呑むズ(w/T・美川、HIKO)、JAZZ DOMMUNISTERS(w/ N/K aka 菊地成孔)、蓮沼執太フィル、ほか多くのバンドやセッション、録音に参加。ソロ・アルバムの代表作にBlacksmoker RecordsからリリースされたJAZZ三部作『JAZZ ABSTRACTIONS』(2012)、『JAZZ ALTERNATIVE』(2016)、『JAZZ MODERNISM』(2021)など。また、演劇・ダンス作品など舞台芸術にも深く関わる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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しゅん
15
「「二度と起こらないことを繰り返す」というフィクションを共有することによって、はじめてぼくたちは、社会的存在として生きることが出来るようになるのである。」國枝誠記、吉本隆明、菅谷規矩雄の言語論を分析道具として、浪曲からラップまで、童謡から椎名林檎までの日本の「うた」を綴りまくっていくべらぼうな大著において、最後の宇多田ヒカルの章に登場する上記の言葉が大谷の立場を最もよく表している。仮想(フィクション)の反復という現象が、複製芸術と演奏の関係への尽きぬ興味と、鏡移しになっている本書の構造を支えているから。2023/04/25
しゅん
14
少しずつ読みながら二周読み終えたのだが、とんでもない書物であると改めて思う。ポップミュージックと詩と芸能が共通に立つ位置としての「うた」の原理論と歴史論が、同時進行で書かれる。その中で、独創性を否定する内田裕也のロック思想や、アドルノにおける「集中的聴取」の内実や、橋本治の論をバネにした講談とサンラの「叙事詩」性などが語られる。その一つ一つの話が、一冊の本のネタになるような濃厚さ。しかも、全体が鏡移しの構造を持っている。あまりに雑多なのに、やたら統一感がある。まじで、どうやったらこんな本かけるんだ。2023/08/29
タイコウチ
12
時枝誠記、吉本隆明、菅谷規矩雄の言語論・詩論を援用し、日本(日本語/日本社会)における歌(古代の祭式から始まり短歌・俳句、長唄・浪曲、民謡・童謡、歌謡曲・ロック・ラップまで)の成り立ちについて論じる。「反復を生み出すことによって世界を分割し、理解・共有することが出来るものにする装置」としての音楽を踏み台にして(=歌を通して)「われわれは、すでに失われたもの、まだ見出されていないもの、もともと存在していなかったものをふたたび有用化するための条件を整える」。一読しただけでは広範な議論と深い洞察を咀嚼しきれず。2024/01/31
yoyogi kazuo
0
もう一冊の「Twitterにとって美とは何か」の理解に役立つかと思って読んでみたが、一読してその目的は未だ果たされず。音楽批評エッセイとして面白い箇所は多々あるものの、まとまった「論」としてはちょっととっちらかってる印象は否めず。菊地成孔が「令和軽薄体」と名付けた文体は好き。2023/12/31