内容説明
専門職との「対等ではない関係性」の中、多くの言葉を無理やり飲み込んできた。なぜこんなに伝えにくいのだろう。なぜ届かないのだろう。それでも諦めずに、ものを言い続ける。伝えなければならないことがあるから。きっと受け止めてくれる人がいると信じるから―。本当の信頼関係を築きたいと願う、親と専門職、そしてすべての人たちへのエール。
目次
第1部 身の回りでものを言う(勇気;大病院;抗議;母子入園;療育研究会;子育て期)
第2部 親としてものを言う(初めての著書;褥瘡;バトル)
第3部 親の立場からものを言う(アシュリー事件;ケアラー支援;親が一番の敵;相模原障害者殺傷事件;インタビュー)
第4部 コロナ禍で問う 問い続ける(コロナ禍の家族;第一波;要望;「迷惑な患者」問題;コロナ禍で親がものを言うということ;重心学会(二〇二二)
親亡き後)
終章
著者等紹介
児玉真美[コダママミ]
1956年生まれ。京都大学文学部卒。カンザス大学教育学部にてマスター取得。中学、高校、大学で英語を教えた後、現在、著述業。一般社団法人日本ケアラー連盟代表理事。長女に重症心身障害がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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black_black
12
障害を抱える娘の母親である著者が語るエピソードや論点の数々は、ケアや医療の現場で常識とされている上位者である専門家vs下位者である素人の当事者という構図や、相模原で起こった悲惨な事件などから顕在化した弱者への冷たい視線をそのまま受け入れる風潮に素朴かつ真っ当な疑問をぶつけるものとなっている。現状に大いに抗い、感動的なストーリーもそれだけで終わらせず、綺麗事では済まされない内実に踏み込んでいく著者の胆力が凄まじい。2025/04/06
鳩羽
6
障害を持つ子のケアをする親は、医療や福祉に疑問を持っても、また、どんな小さな要望であっても、それを伝えることがとても困難であるということを、著者自身の体験や見聞きしたことから多角的に立ち上げる本。とても痛くて辛い主張だが、そのくらいの存在感を持たないと、医療や福祉の専門職からは「何も知らない素人」で、教育が必要と見做されるままで終わってしまうのだろう。ケアする子の側からも敵視されることもあれば、存在を主張すれば社会から反発がくることもある。安易に分かりあわないことが、対話のために必要なのではないかと思えた2026/02/15
Humbaba
1
施設の職員と話をしようとしても、それは対等の関係で話ができるわけではない。また、職員側の方が知識をしっかりと持っていると自負しているからこそ発言が唯の親のエゴでしかないと受け取られてしまうことも少なくない。確かにそのような傾向があるというケースもあるだろうが、それでも伝える必要のあることも存在しているのもまた事実である。ただ黙って施設の方針に従うことだけが子供のためになるかと言えば、そうでないケースも存在している。2025/06/17




