感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
142
教育も政治も医療もなく、イスラムと迷信と乾いた大地しかない砂漠の国オマーン。そこで地下を流れる水脈の音を聴き取る異能を持って生まれた少年の物語は、読者に強い衝撃を与える。あらゆる発展から遮断されたのが当然の社会を疑わない姿は、進歩と成長が前提の近代的価値観に拒否権を突きつける。溺死した母から生まれ、ひたすら水を探して生き、最後は地下水路に閉じ込められて魚や虫を食べて生き延びようとする尋常ならざる生涯は、文字通り水に呪われたようだ。AIやロボットが日常となりつつある現代人に、本当の人間の生き様を問いかける。2025/08/21
buchipanda3
92
「お前は俺の渇望だ、お前は俺の水だ」。喉の渇き、水への渇望は生への渇望でもある。暑い季節での読書はその切望のリアルさをより感じた。著者はオマーン出身。かの地を思わせる乾いた土地、近代化前の風習や妖霊の存在と共にある村での暮らしが、寓話のようだが生身感ある人間の姿として活写され、特に冒頭の数奇な事態は息を呑むまもなくその世界に取り込まれた。そして一人の少年の大人への過程で経験した苦みや喜び、悲哀を見守り続けた。運命に囚われた者が開放を願い、生きるべくして生きることを渇望する。その思いが残す余情にただ浸った。2025/07/22
たま
79
オマーン人作家の小説で2023年アラブ小説国際賞を受賞した作品(1)。オマーンは、もちろん石油のおかげで、1970年頃から近代化され豊かになったそうだが、それ以前の荒野を灌漑し農業を営む村が舞台。水脈を探す不思議な力(2)をもった男の物語で、シンプル、かつ水と言う生命の根源にかかわり、叙事詩のような趣があって(3)、面白かった。日本になじみのない風景が興味深く、イスラム教のもとでジンや邪視を恐れ、ありもしない噂話で恩あるはずの水堀人を苦しめる村社会(4)も活写されている。2025/09/03
pohcho
63
オマーンの小説。井戸で溺死した母親のお腹から取り出された子ども。サーレム(無事)と名付けられた少年は、幼い頃より地中の水の音が聴こえるという不思議な力を持ち、それゆえに村人からは疎まれるが、やがて「水追い師」として各地をめぐるように・・。数奇な男の生涯を描いた物語だった 。詩的で幻想的なんだけど、実直さも感じられる。解説によると、オマーンは呪術が盛んな地域だそうで、自分からするとマジックリアリズムなんだけど、現地ではどう受け止められているのだろう?2025/07/19
ベル@bell-zou
27
羊毛を紡ぐ妻の姿がそこにありますようにと祈る。水がもたらすもの。恵み、破壊、生と死。村人たちの嘲りと蔑みのなか男はただひたすらに水の声を聴きその道を探る。まだ貧しかった時代のオマーン。雨と乾きを繰り返す極端な気候。生前に母を亡くし自らの婚礼と相次ぎ父を喪う。まるで光と影。なんというコントラストだろう。神や精霊(ジン)への土着的信仰が薄暗い幻想の中を彷徨わせるようだが、水追い師が恋をした瞬間のきらめきが美しく印象に残る。詩的な文章で、とてもひきこまれる物語だった。2025/07/10