内容説明
美とおののきの短編アンソロジー。怖れと闇と懐かしさ。ムラタワールドの「短編愛」。短編はコロコロと手の上で転がしながら考える。うまく芽がでてすくすく伸びるとやがてひとつの「話」がひらく。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちゃちゃ
117
巧い、と思う。ほのかなユーモアを漂わせつつ、幾つかのイメージを重ね合わせて最後に落とす。人の心の奥底に沈む闇、悲しみや怖れ、遠い記憶から蘇るうすぼんやりとした懐かしさや切なさ、おかしみ…。本作は初期の短編8話を収録したものだが、ご本人はあとがきで、短編は気合い一発で書き、「一つのイメージでもって一刀彫りするような感じ」と記されている。木(人)の中に埋もれた像(心理)を掘り出し、切れ味鋭く具現化(描写)する。しかも読後、読み手の中にそのイメージがくっきりと像を結ぶのだ。冒頭の短編『鋼索電車』から唸らされた。2023/06/14
モルク
105
村田さんには珍しい短編集。著書自身の子供の頃と思われる北九州での話。特に「O」は小学校の運動会のトイレ事情。私も地方都市の街中から田舎のマンモス校に転校し、その運動会の時の仮設トイレはこの時代の後なのにこういう感じだった。まさに穴だった。久々に思いだしゾッとする。「熱愛」だけは趣が異なっているが、全体的には懐かしさに著者ならではのユーモアを加え、あっという間に読める。著者のあとがきも興味深かった。2023/02/14
Ikutan
76
村田さんの短編集は初めて。最近はめったに書かないそうで、最終話以外は初出が1986年から1994年の作品ばかり。戦後の北九州を舞台にした作品が多く、村田さんの幼少時代が色濃く反映されている。運動会が地域の一大イベントで、映画が人々の一番の娯楽だった時代。当時のトイレ事情を絡めた『Oオー』と『雷蔵の闇』、更に『流れる火』は、ノスタルジーが溢れている。異色の『熱愛』はドキドキしたよ。『耳の叔母』はタイトルからして不思議。『花陰助産院』と『惨惨たる身体』も味わい深い。やっぱり上手いなぁ。どの作品もよかった。2023/03/04
たま
67
村田喜代子さんの短篇集。2022年発行で収録8篇の初出は1986年から2006年までの20年。最も古い86年の「熱愛」は最近の作風とは随分違う印象だが、翌87年の「鋼索電車」は村田さんの世界。さらりと書かれているがハーモニカを吹く弟が心に沁みた。最近の『飛族』や『姉の島』は高齢女性の存在感に圧倒されるが、「花蔭助産院」(88年)の助産婦さんたちの存在感もすごい。そして「惨惨たる身体」。無口な棟梁の舅が残したメモ、それに記された身体にまつわる慣用表現から彼の一生が浮かび上がる。感心してしまった。2023/08/07
pohcho
60
短編八編。九州で祖父母と弟と暮らすヨウコを描いた四編は 村田さんの少女時代なのだろうか。友人と市川雷蔵の映画を見たり、気になる男の子と蛍を見に行ったりする日々を描き、最後はトイレで終わるところがなんとも味わい深い。昔ながらの便所だからこそ生まれる文学があると思うけど、学校の校庭に穴を掘って運動会の仮説トイレを作った話は強烈すぎた。擬人化された耳のイメージ、身体の部位を使った言葉の数々、お産の時の「もうひとおーつ」という言葉。少し不思議で、どこか懐かしくユーモラスで、どの話もとてもよかった。珠玉の短編集。2023/01/25