出版社内容情報
★2026年7月、「飛鳥・藤原の宮都」がユネスコ世界遺産登録へ――
国内外から注目が集まる「飛鳥時代の古墳や宮殿跡の謎」を探る!
古代日本の謎と浪漫、美しい田園風景に満ちた奈良の飛鳥・藤原を舞台に、本書では時空を超えた日本のルーツを探る感動の旅へと読者を誘います。
明日香村の静けさ、壮麗な古墳や宮殿跡、神秘の石造物――。万葉集に詠まれ「日本のふるさと」と称された飛鳥の地は、実に120年以上にわたり、天皇たちが宮殿を営み、中央集権的な律令国家として日本が大きく変容した激動の歴史の舞台です。しかし、その華やかさの裏には、数々の謎が隠されています。
なぜ、飛鳥に宮都が繰り返し置かれたのか? なぜ天皇が代替わりごとに宮を移したのか? 古代人たちを魅了した飛鳥の風土と霊性、そして日本の中央集権国家を築くまでの人々の想い・苦悩が、本書で鮮やかに描かれます。
本書は、歴史的な宮都遷移とその理由、古墳や寺院、神社、そして謎の石造物など、現地の地理や考古学的成果を踏まえつつ、歴史文学の厚みと人物ドラマによって立体的に描写。さらに、未解明の遺跡や伝説の場所など、現代人にも解けない謎の数々に接近します。
第一章では飛鳥の基礎知識や宮都史から幾つもの宮殿跡、天皇陵と古墳群を巡り、第二章では飛鳥の古社寺と謎の遺跡、第三章で藤原京への転換点と、その後の宮都構造・聖地を辿ります。
本書では宮殿・古墳・寺院のほか、数多くの謎スポットや伝説が登場。例えば、島庄遺跡や甘樫丘東麓遺跡の正体、酒船石の用途がいまだ解明されていない神秘の石造物。伝説の大官大寺跡、キトラ古墳の壁画、高松塚古墳の鮮麗な人物図――。本書では徹底した現地調査と文献考証をもとに、謎とロマンを読み解きます。
また、天皇の居所「宮」と都市「都」の違いや、なぜ「飛鳥」が特別な土地として用いられたのか、広範囲で論考を展開。ささやかな飛鳥盆地がなぜ国の中心となったかの風土的・政治的背景、日本が律令国家の基礎を築いたプロセスも解説され、歴史初心者から古代史愛好者まで深く楽しめる内容です。
さらに、藤原京の誕生や大和三山を聖地とする信仰史、古代の道や都市構造など、現地ガイドと専門知識を融合させた解説も充実。詳細な地図・参考文献付きで、実際の現地巡りにも最適。本書を一冊の「現地案内書」「歴史ガイド」「謎解き探検記」として活用していただけます。
この地を歩けば、現代の日本人にも深く響く「土地と歴史の記憶」が蘇ります。宮都と古墳、神社と寺院をめぐり、謎と感動を抱きながら古代へ思いを馳せる――そんな知的好奇心と癒しの旅が、本書の最大の魅力です。
歴史好きはもちろん、旅行や現地巡礼を志す方、万葉集や古代文学を愛する方、日本の原点を自分の目で確かめてみたい方……古代日本の「リアル」が、あなたの好奇心を刺激するはずです。
【目次】
【収録している謎や場所の例】
・宮都が飛鳥に繰り返し営まれた謎
飛鳥宮跡(豊浦宮、小墾田宮、岡本宮、板蓋宮、後岡本宮、浄御原宮)
・天皇陵・古墳のミステリー
欽明天皇陵/推古・舒明天皇陵/斉明天皇陵/天武・持統天皇陵/文武天皇陵
・古墳壁画の謎
高松塚古墳/キトラ古墳/都塚古墳/石舞台古墳
・飛鳥の古社寺の謎
甘樫坐神社/飛鳥坐神社/飛鳥川上坐宇須多伎比売命神社/於美阿志神社
飛鳥寺/橘寺/川原寺/山田寺
・遺跡の謎
島庄遺跡/甘樫丘東麓遺跡/酒船石遺跡
<本書の目次>
序 論 日本のふるさと、飛鳥
第一章 飛鳥の宮都と古墳をめぐる
飛鳥の基礎知識
飛鳥の宮都をたどる
天皇陵と古墳を訪ねる
コラム 斑鳩宮
第二章 飛鳥の社寺と謎の遺跡を知る
飛鳥の古社を詣でる
飛鳥の古寺を詣でる
謎の遺跡と石造物
コラム 難波宮
第三章 藤原京へ
藤原京の誕生
藤原京と内裏と大極殿
藤原京の巨大寺院
大和三山の秘密
コラム 大和三道
「はじめに」より――
飛鳥・藤原の宮都と関連する遺跡群がユネスコの世界遺産へ登録される運びとなった。このことを聞いて少し意外に思った。というのは、もうすでに世界遺産になっていたと思っていたからである。
古代史のなかで、飛鳥・藤原は、重要な役割を担った地域といえる。それも政治面のみならず、文化面や宗教面など多岐にわたっていて、この地域の重要性をいやが上にも高めている。
現在の首都にあたる宮都について考えてみると、6世紀末に即位した推古天皇をはじめとして、複数の天皇が飛鳥に宮都を置いている。そして、天武天皇の飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)を経て、跡を継いだ持統天皇により、694年に藤原京へと遷都されることになった。
藤原の地に造られた藤原京とそれ以前の飛鳥の宮都との間には決定的な違いが見られる。その最たる点は、藤原京以前の宮都は基本的には天皇の代替わりごとに移り変わったのに対して、藤原京は持統天皇による遷都以後、文武天皇、元明天皇の3代の天皇によって都とされたことである。
藤原京は、中国の律令制を取り入れた都で、日本で最初の本格的な都域と言われている。しかし一方で、当時の唐の都である長安よりも北魏の洛陽や『周礼(しゅらい)』と共通した点が多く見られるという指摘もある。いずれにしても、藤原京はそれまでの日本の都とは異なるものであり、律令制を導入しようという日本の意識の表れと言ってよい。飛鳥・藤原の古代宮都には、単に都が移り変わるだけではなく、政治的な意図があることを忘れてはならない。
飛鳥・藤原には宗教的な面からも興味深い点が見られる。ヤマト政権下では、前方後円墳をはじめとしたさまざまな古墳が造られる。一般に古墳は3世紀の中ごろから見られ、4世紀



