内容説明
NHK朝ドラ脚本家の斬新な「感動」論!!
目次
1 私の場合(サムライとミュージカル;『フランダースの犬』 ほか)
2 感動とは、個人的な体験である(「驚き」「達成」「充足」「回帰」;シルクロードの旅 ほか)
3 カタルシスというもの(作為的なカタルシス;主観と客観)
4 往年の名作たちからみる、カタルシス(『ニュー・シネマ・パラダイス』;『幸福の黄色いハンカチ』 ほか)
5 「知っている」ということ(心のベースとしての「知っている」;『友だちのうちはどこ?』 ほか)
著者等紹介
相良敦子[サガラアツコ]
1959年生まれ。脚本家・作家。学習院大学文学部史学科卒業。制作現場を経て、NHKの脚本懸賞入賞を機にデビュー。以後、テレビドラマを中心に、ラジオ、映画、舞台、小説、絵本と、幅広いジャンルで執筆している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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trazom
116
私は最近、「感動」という言葉が苦手になっている。一つは、五輪でメディアが垂れ流すこの言葉の氾濫に辟易としたこと、もう一つは、自分たちの演奏会に来てくれる友人たちが発する「感動したよ」という言葉の空虚さ…。脚本家の著者が、家族や映画などを振り返りながら感動について考えるユニークな一冊。感情が、何かのきっかけで浄化されて感動へと昇華する。その感動の背を押す原動力が「知っている」ことだと言う。感動を安易に捉える風潮の中だからこそ、「感動とは、若干手間もかかるものかもしれませんね」という著者の言葉が重く響く。2022/09/21
ムーミン
31
「もののあはれを知る」……「感動」は「知っている」からこそできるもの。自分が年を取るほど涙腺がゆるくなっているのは、それだけ多くの人生経験を通して、いろいろな感情の機微を自分も共感できるようになった証なのかな、と思ったりしました。たくさんの苦労を乗り越えた分だけ、苦さを味わった分だけ、豊かな人生を味わえているんたなと受け止めています。2025/03/02
Sakie
16
感動ということばを努めて使わなくなって久しい。私が定義するなら、他者あるいは、命を含めた自然との共振だろうか。名前をつけずに味わい、その意味を思い返す類の。だから、感を動かすことを目的にして何かを見たり聴いたりするのは違うのではないかとも思うが、ではなぜ自分が小説を読み映画を観るのかという問いにけつまずく。些細な事にも深く感動できるほうが、人として成熟度が高いとして。だからこそ、安易な感動に心を費やさないほうが、感度を鈍らさず、心を澄ましていられると結論しておく。他者の感動は他者のもの。2024/08/12
スリカータ
10
感動した、という言葉は頻繁使われる。感動するとはどういうことか、著者の幼少期の体験やご両親の生き様などから遡って考える。確かに、自分が体験して強烈に印象に残っていることをなぞる様なもの(作品)に出会うと、私は激しく心を揺さぶられる=感動すると以前から感じていた。自然現象や風景の美しさはこの限りにあらず、無条件なんですよね。だから、飽きることがない。2022/10/16
izw
6
ドラマの脚本を中心に300本を超える台本を書き続けてきた著者が、自分の家族との体験、見た映画、スポーツ、脚本を書く経験を基にして、「人間が感動する」とは何か、なぜ感動するのかを考察している。自分体験で感動したこと、自分は感動しないのに他人が感動したことを語り、それはどうして感動したのかを考察している。「驚き」「達成」「充足」「回帰」が感動を呼ぶが、その前提として「知っている」ことが必要、人間の有限性が前提となっている。それで星空、日の出など自然の無限性にも感動する、と感動について考える旅を一緒に楽しんだ。2022/06/26