歴史新書y
戦国の交渉人―外交僧・安国寺恵瓊の知られざる生涯

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  • サイズ 新書判/ページ数 253p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784862487841
  • NDC分類 188.82
  • Cコード C0221

内容説明

関ヶ原合戦後、石田三成、小西行長とともに京都で公開処刑された恵瓊は、世の中の趨勢も読めず、西軍の敗北を招いた無能な「愚僧」=外交僧として刑場の露と消えたとされる。が、西国の大大名毛利氏や豊臣政権の外交交渉の屋台骨を支えた恵瓊は、政策立案能力と交渉力を兼ね備えた外交のプロフェッショナルかつ最高の知識人だった。

目次

序章 安国寺恵瓊の出自と周辺
第1章 恵瓊の本格的な活動
第2章 織田信長・足利義昭との関係
第3章 備中国高松城の攻防と恵瓊
第4章 豊臣政権における恵瓊
第5章 毛利氏家中の恵瓊
第6章 文禄・慶長の役で苦闘する恵瓊
終章 運命の関ヶ原合戦と恵瓊の最期

著者等紹介

渡邊大門[ワタナベダイモン]
1967年神奈川県生まれ。関西学院大学文学部卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。歴史研究家。現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。日本中世政治史専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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パトラッシュ

7
大河ドラマ『軍師官兵衛』で秀吉の中国攻めに際し官兵衛と交渉した毛利の外交僧と説明しなければ、安国寺恵瓊を知る人はいないだろう。戦国の世でも互いに相手を滅ぼすまで戦う例はほとんどなく、最後は和睦するため有能な外交官が必要だったから、恵瓊も時代が必要とした人材だった。しかも決定的な場面で秀吉を天下人に押し上げたのだし、その意味で時代を動かしたといえよう。しかし毛利輝元が関が原の敗軍の将となり領土を削減されてしまったので、その責を一身に背負わされて「妖僧」の悪名が残った恵瓊は気の毒である。再評価の日を望みたい。2019/08/25

鐵太郎

7
安国寺恵瓊は、外交僧・大名として知られていますが、その実態ははっきりしません。悪僧、佞僧、妖僧、愚人などと悪罵されることもあったらしい。この本は、そんな歴史の中に悪評と共に埋もれた人にスポットを当て、その生涯と生き方、そして誤解されたその人となりを正すこころみをしたものです。2012/03/18

代理

4
三成と恵瓊は島津征伐のころに仲良く成ったんですね。慶長の役あたりをもっと詳しく知りたかった。『いろは』を教えるあたりに恵瓊の人柄が偲ばれる。2012/10/08

ポニョ駅長

3
関ヶ原の敗戦で石田三成・小西行長とともに刑場の露と消えた、毛利家の外交僧・安国寺恵瓊。 毛利家に滅ぼされた安芸武田氏の末裔ながら、才覚を以て高僧となり、毛利氏への信頼を勝ち得ます。 従来、毛利輝元を唆し毛利家を転落させた悪僧、信長・秀吉の将来を予見しながら、自身の運命を読み切れなかった愚僧という評価でしたが、国境問題・後継者問題等の煩雑な交渉に尽力し、朝鮮出兵後を見据えた現地での政策など目を瞠るものがあります。 吉川広家との不仲よりも、豊臣家に近過ぎたことが彼の非業の最期に繋がったようです。 2016/01/18

スプリント

3
安国寺恵瓊と言えば備中高松城水攻めの講和と関ヶ原の戦いの逸話しか知りませんでした。本書でその生い立ちから毛利家・豊臣政権での立場や役回りなどを知ることができます。秀吉の四国攻めや九州平定に深く関与していたことを本書で知りました。2014/08/16

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