出版社内容情報
女は行く。また消えるために。
■宇多丸(RHYMESTER)
映画は夢に似ている。時空は捻じ曲がり平然と飛躍し、昼と夜、生と死、現実と幻の境は消失する。そして斎藤潤一郎の作品は常にどこか、そんな感覚の乾いた変奏のようでもある……それはご覧の通り、極めて純・漫画的な、唯一無二の世界を現出させるのだ。
■METEOR(ラッパー)
そもそも人と人とは絶望的にコミュケーションが取れないって事を教えてくれる漫画。この漫画にゃあ泣くところが2回ある。
売れない画家の田中ナオミは東京の郊外に住んで20年になる。冷たい人工物と豊かな自然、深い闇と無慈悲な蛍光灯、人の温もりと正体不明の悪意……全てがありのままに放置された「武蔵野」の混沌は、何者にもなれない彼女を時に甘やかし、時に突き放し、やがて孤独の彼岸へ誘いかけ……『死都調布』作者が漂着した孤高の旅シリーズ第2弾!
【収録話】
桶川
稲城
自由が丘
競艇場前
八潮
和泉多摩川
聖蹟桜ヶ丘
新宿
八千代
三鷹
【特別収録】
描き下ろし巻頭カラー漫画8P
縄文ZINE版「武蔵野」
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
内島菫
10
最初は作者と同名の男性・斎藤の視点で描かれるが、途中で彼が一瞬行方不明になったのをきっかけに、女性の田中ナオミに視座が移る。しかし、なぜわざわざこうした移動が必要だったのか考えているうちに、斎藤と田中が段々同一人物に思えてくる。男女差を超え、フィクションと現実を超え、本作は一種の理想の実現として、創作がなし得る一つの夢を叶えているのではないだろうか。これほど中年女性が描かれる作品は珍しいし、さらに彼女たちは女性でも男性でもないような単なる人間としての立ち位置にいるように見える。2024/08/12
mim42
9
前作と同じ「武蔵野」という単語を含むタイトルだが、内容は大きく異なる。序盤で主人公が男から女に代わり、街ブラ要素が薄れ、死都調布的暗黒面が増えた。とはいえ、死都調布で描かれた、夢世界的荒唐無稽さやグロナンセンス要素は薄い。著者のルーツ?であるアメリカ大陸のような場所も出てくる。調布も武蔵野と考えられなくもないので、結果として本作により斉藤潤一郎ワールドが具体的になってきた感がある。中華屋美味そう。2024/08/27
ドント
5
何もかもが素晴らしい。散歩漫画『武蔵野』から語り手の橋渡しを受けて主人公が代わっての本作では、日常と非日常、正常と異常が平然と同居している。いやむしろそれらに違いや差異などない。斎藤潤一郎にとってこの世は元より異界で、私は異人なのだ。場所を変えつつ、平坦に、明確なオチもない短い話が転がっていく。そんな物語を時折かすめる人間の体温、温かみ。『死都調布』にあった暴力への引力は影を潜め、静けさの中に何かがある。「何か」とは「何か」だ。言い様のない「何か」がこの漫画にはある。表現のひとつの高みに達していると思う。2024/08/17
フロム
4
チョイスが渋い。例えば桶川、クラスメイトが住んでいたが「何も無い所ですよ」と即答するテイストレスな町。警察署がなくストーカー殺人事件で有名な町桶川。そして八潮、開発された駅前を一枚めくるとスクラップ工場や倉庫や資材置き場がひしめくのっぺりとした町。いかにもなチョイスが続くのかと思いきや自由ヶ丘や新宿が差し込み意表をついて、更に八千代で「珍来」が出てくると言う。話自体も日常からスタートするが悪夢の様なシーンが随所に織り込まれる。絵画を見てる様な、気怠い映画を観てるようなガロ系を読んでるような不思議な感じ2024/08/19
Mark.jr
3
本作から主人公が著者の分身ではなく、(おそらくモデル的人物のいないであろう)女性画家に交代。それによってエッセイ成分が薄れ、逆に夢の中を彷徨っているような雰囲気と、明らかにフィクショナル部分が大幅に増えました。つげ義春はつげ義春でも、旅行記ものではなく、「ねじ式」になった、そんな一冊。2024/11/09