出版社内容情報
「大東亜戦争」の大義名分となった「大東亜共栄圏」建設構想。その宣伝文化政策が掲
げられた背景と南方占領地での政策の実態とは?インドネシアと日本の文化人が果たし
た役割とは?その政策はインドネシアの独立に寄与したのか? 20年がかりで日本・インドネシア・オランダ・アメリカに所蔵されている公文書・新聞・雑誌・書籍・教科書を徹底的に読破・分析し、実証的に導き出した結論とは?
【目次】
序章 宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」を考察するにあたって
1.研究の目的
2.先行研究を踏まえた本研究の課題
2.1.「大東亜共栄圏」建設がなぜ「大東亜戦争」の大義名分となったのか
2.2. 南方占領地インドネシアにおける宣伝文化政策の担い手と「国民」文化形成運動
3.研究の方法と本書の構成
3.1. 研究の方法と分析対象とする主な史料
3.2. 本書の構成
凡例
第1章 「大東亜共栄圏」建設がなぜ「大東亜戦争」の大義名分となったのか
1. 南方侵攻に向けての日本の対外宣伝文化政策
1.1. 第二次近衛文麿内閣の「大東亜の新秩序」建設
1.2. 大政翼賛会調査委員会第三委員会
1.2.1.文化建設担当の第三委員会第三小委員会
1.2.2. 日本主導による「大東亜共栄圏」文化建設:「国益」に資する宣伝とは
2.軍部による「大東亜」構想とその宣伝としての「大東亜共栄圏」建設
3. 南方侵攻にあたっての占領統治方針:領土,民族,言語の扱い
4. 内閣情報局による「大東亜」地域に対する宣伝文化政策
4.1. 内閣情報局の新設
4.2. 文学者の統制:日本文学報国会の設立
4.3.「大東亜戦争ニ対スル情報宣伝大綱」
4.4. 南方への日本語普及と日本文化の宣伝・進出:内閣情報局と軍部との連
携
5. 南方に対する宣伝文化政策の決定者と指令系統
5.1. 南方占領地
5.2. 占領地以外の南方での宣伝文化政策
6. 南方での占領の進展と軍政開始に伴う宣伝文化政策
6.1. 情報宣伝方策としての東條首相演説:大東亜諸民族の各伝統・文化に応じた処置
6.2. 南方の各占領地での軍政実施要綱
7.「大東亜建設審議会」が示した南方占領地に対する文教文化政策
7.1.企画院『大東亜建設基本方策(大東亜建設審議会答申)』
7.1.1.大東亜建設審議会の設置と答申「大東亜基本方針」の取り扱いについて
7.1.2.『大東亜建設基本方策(大東亜建設審議会答申)』における文教政策の位置づけ
7. 2.「大東亜建設に処する文教政策答申」
7.2.1. 第二部会の審議委員の顔ぶれ
7.2.2.「大東亜建設に処する文教政策答申」における「大東亜諸民族」
7.2.3.「大東亜諸民族
目次
序章 宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」を考察するにあたって
第1章 「大東亜共栄圏」建設がなぜ「大東亜戦争」の大義名分となったのか
第2章 インドネシア3占領地区での宣伝文化政策の変遷
第3章 軍政初期の刊行物と宣伝班の人々
第4章 日本軍政の文教政策と教科書
第5章 『アシア・ラヤ』紙における「国民」文化と「大アジア」文化:富澤有為男・浅野晃とインドネシア人新聞人たち
第6章 「大東亜」建設下の新聞統制の帰結:現地グラフ誌に描かれた「インドネシア」
第7章 バライ・プスタカの作家たちにとってのインドネシア語
第8章 ジャワの演劇活動から発信された「国民」像:啓民文化指導所の大宅壮一・武田麟太郎とジャワの演劇人たち
第9章 ナショナルヒストリーと「国民」創出:日本軍政期インドネシアの歴史書
終章 戦時下インドネシアでの宣伝文化政策はなぜ失敗したのか
著者等紹介
姫本由美子[ヒメモトユミコ]
立教大学アジア地域研究所特任研究員。早稲田大学アジア太平洋研究科博士課程満期退学。博士(学術)。専門:インドネシア地域研究、国際文化交流論。公益財団法人トヨタ財団で民間の助成財団で長年にわたり東南アジア諸国と日本との間の翻訳出版プロジェクトや東南アジア各国の学術交流を支援してきた。1995年に「東南アジア研究地域交流プログラム」を東南アジアの地域研究者数名と立ち上げた際、チーフ・プログラム・オフィサーとして係わった。同プログラムはSEASREP財団として独立後も30年を超えて東南アジア域内の学術交流のファシリテーターとしての役割を担っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。



