出版社内容情報
653万部という未曾有の記録を達成した週刊「少年ジャンプ」。空前絶後の部数はどのようにして生まれたのか。600万部達成時の同誌編集長が、掲載された漫画作品のエピソードを交えて、その秘密に迫る。
後藤 広喜[ゴトウヒロキ]
著・文・その他
内容説明
653万部という奇跡的な記録を打ち立てた「週刊少年ジャンプ」。創刊から黄金時代までの輝かしい軌跡を同誌元編集長がいま初めて明かす。
目次
第1章 「少年ジャンプ」の編集方針は創刊時にすべて決まっていた
第2章 創刊誕生期―昭和43年7月11日発売の創刊号から昭和45年年末最終号まで
第3章 飛躍期 マガジンに追いつき追いこせ―昭和46年年始発売号から昭和52年年末最終号まで
第4章 常勝期 三〇〇万部の壁を越えて四〇〇万部へ―昭和53年年始発売号から昭和59年年末最終号まで
第5章 黄金期 六五三万部発行を達成するまで―昭和60年年始発売号から平成6年年末最終号まで
終章 それからのことについて思うこと
著者等紹介
後藤広喜[ゴトウヒロキ]
1945年山形県生まれ。東京教育大学(現筑波大学)卒。1970年に集英社に入社。「週刊少年ジャンプ」編集部へ配属。1986年から1993年まで同誌編集長を務め、生え抜き編集長第一号となった。集英社取締役、創美社(現・集英社クリエイティブ)代表取締役等を歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Willie the Wildcat
64
信奉者ではなかったけど、小学生時代は友達と回し読みでお気に入りの作品だけ読んだなぁ。三本柱の哲学やオイルショック時の読者優先の姿勢など、情熱に敬服。ジャンプだとやはり『Dr.スランプ』かな。漫画は基本、複雑なこと考えないで楽しみたい。唯一気になったのが、”季節感”。確かに日常生活から消えているんだよなぁ。因みに私は、ジャンプよりコロコロ派でした。でも、お気に入りの漫画は、ジャンプでもなければコロコロでもないんだなぁ、これが・・・。子供のころから乱読だったんだと苦笑い。 2018/09/18
keroppi
53
創刊して50年が経つ。創刊号のことは覚えている。他の漫画誌とは違う勢いを感じたような記憶がある。創刊から黄金期までの漫画を取り上げ、作家と編集者について論じている。新人を発掘し、編集者が一緒になり育て上げていたのだ。時代と共に変わるのは致し方ないのだが、あの頃の熱い誌面は懐かしいものがある。2018/07/21
もえたく
25
週刊少年ジャンプの黄金期に名物編集長だった著者による「若く無名だった新人漫画家たちが、どのように面白い漫画を生み出したか」の記録。『ドーベルマン刑事』の平松伸二が自伝的漫画『外道マン』で著者を、ヤクザ編集者として描いているように、かなりアクの強い人だったことが感じられました。ハッキリと好き嫌いを言われていますし、取り上げられた漫画も偏っている気が。それでも当時一緒に読んでいた友達の顔も蘇ってくる楽しい読書になりました。2019/01/14
TCD NOK
21
小2から大2まで一回も欠かさずにジャンプを買い続けていたのが誰にも言えなかった自慢だった。黄金時代がそのまま自分の小中時代に当てはまり、当時の連載作品なら今も大体覚えている。その前後まで通して、ジャンプという雑誌を創刊から653万部まで売り上げた軌跡を、著者が元編集者なのでそのサイドから語っている。ジャンプ独特の読者アンケート、作家の囲い込みなど色々賛否両論ある戦略もあるが、ライバルのサンデーやマガジンに差をつける手段としての正当な戦略だと思う。友情・努力・勝利!〇〇先生の作品が読めるのはジャンプだけ!!2020/09/25
さいちゃん
17
図書本。ジャンプで読んだのは、ドラゴンボールくらいかなと思ってましたが、ジャンプで読まなくても、漫画本として読んでいたり、アニメとして見ていたりしたものが沢山ありました。父の本棚にあった漫画も、ジャンプの漫画と知りました。世代をわたって、ジャンプがすごく身近にあったことに感動しました。2018/09/28
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