内容説明
かつてユーラシアの広大な一帯で理解され、使われていたペルシア語。多言語が共存する環境で、ペルシア語はどのように使われていたのか。人々のペルシア語に対する意識はどのようなものだったのか。文献史料の検討により、「ペルシア語文化圏」という枠組みを考える。
目次
ものを書くことから見たペルシア語文化圏―その面的把握をこえて
第1部 文献ジャンルから見たペルシア語文化圏(ペルシア語詩人伝の系譜―韻文学の隆盛と伝播;ペルシア語文化圏におけるスーフィー文献著述言語の変遷とその意義;イスラーム法とペルシア語―前近代西トルキスタンの法曹界)
第2部 地域から見たペルシア語文化圏(中央アジアにおけるテュルク語文学の発展とペルシア語;18世紀クリミアのオスマン語史書『諸情報の要諦』における歴史叙述―ペルシア語文献からの影響を中心に;清代の中国ムスリムにおけるペルシア語文化受容;南アジア史におけるペルシア語文化の諸相)
著者等紹介
森本一夫[モリモトカズオ]
所属:東京大学東洋文化研究所(准教授)。専門分野:イラン社会文化史、ムスリム諸社会の歴史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Saiid al-Halawi
5
ペルシア語文化圏≠ペルシア語圏。テュルク語や漢語、ウルドゥー語等、話言葉として土着のものがある中で、各地の法実務文書や詩作、記念碑等のテキストの中で一定の文化的ステータス保持してきた要因や事情を考察するのが本書の主眼。アラビア語で書かれているはずの文書に、ペルシア語で「年」を表すsaal+アラビア語の双数形で「2年」が記されていたりと、言語のヘゲモニーの綻びとか受容の過程が伺える感じ。2012/10/08
の
4
現在では中東の一部でしか使われない「マイナーな」言語であるペルシア語が、ユーラシアで一大文化圏を作っていた頃に焦点を当て、文献から当時の社会を読み解くといったもの。イスラム・アラビア文化の影響を受け、インド系の言語であったペルシア語が、近代ペルシア語になっていく中で、コーランのアラビア語との言語的住み分けで、文学・行政としての役割を担っていく。中国やモンゴルでも、諸地域に合わせた言語の発展をしていることから、自由な組み合わせが可能な言語なのだろう。そうでなければ、千夜一夜物語の幅広い展開の説明も付かない。2011/06/17
宵子
1
ペルシャ語と言っても、=イラン及びイラン語族圏ではない。ペルシャ語文化圏は意外と広く、アナトリアから中国の一部まで含まれる。そのため、トルコ語圏と結構重複している。ただし、本書にもある通り、コーカサス地域が殆ど扱えなかったのが残念である。ニザーミーとかアゼルバイジャンのペルシャ語文学は多少取り扱っているけど。2015/01/19
MK
0
古代と新ペルシア語で文化的に大きな隔絶があるが、本書はアラビア語による駆逐から甦った後者(そもそも半分くらい近世の内容)が中心である。 アラビア語で書かれたクルアーンに対する行政言語として(あるいは著述言語として)確固たる地位を確立したペルシア語は、ムスリムの活動圏拡大に伴って二度目の大文化圏を築くことになった。 今のイラン人は言語(に限らず)に対して民族意識が高く、しかもやたらそのアイデンティティを過去のペルシア民族にまで投影しようとしたがって薄ら寒いが、お前たちが喋ってるのはかつての世界言語だぞ。2018/03/20
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