内容説明
1958年に結婚し、日々の生活から女子美大生協の起ち上げ、共産党との決別、そしてブント創立から安保闘争へ、1960.6.15を頂点に解体したブントと共にひたむきに生きた若き夫婦の絆を赤裸々に綴った感動の手記。青木昌彦、唐牛健太郎をはじめ、ブントに結集した若き学生たちへの想いを語りながら、今なお時代状況に対峙する自立精神に私たちの学ぶべきものは多い。
目次
ブント私史
私の中の生田浩二
私の中の唐牛健太郎
天性の爽やかさ 陶山健一氏を偲ぶ
それから・それからのそれから
著者等紹介
島成郎[シマシゲオ]
1931年東京で生まれる。1950年東京大学教養学部入学と同時に日本共産党に入党する。共産党の50年分裂で除名。レッドパージ反対闘争に参画し、自治会副委員長として果敢に闘う。1951年復党する。1954年東京大学医学部に入学する。1955年全学連再建に精力的に活動し、砂川基地反対闘争、原水爆禁止反対闘争を闘い、全学連の「奇跡の再建」に参画する。1957年共産党の東京都党委員に当選。第7回大会の代議員になるが、生田浩二、佐伯秀光と共に党内フラクションを結成し「プロレタリア通信」を発信する
島ひろ子[シマヒロコ]
1936年東京で生まれる。1942年京城国民学校入学(ソウル)。1957年女子美術短期大学卒業。女子美大生協設立へ活動。1958年結婚。1960年安保闘争参加、生協退職、秋にひろ工房起業。1970年沖縄にて染色修得。沖縄、赤坂、銀座資生堂ギャラリーなどで個展、グループ展などを開く。新制作展、モダンアート協会会友(後、退会)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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