内容説明
ゼロ年代前後、SFや純文学を中心に「並行世界もの」が一種の流行現象を見せた。その表現機構の模索の結果明らかになった、この現実世界のあり方をさまざまな次元で撹乱する並行世界の原理的な可能性を追求する。
目次
柄谷行人『探究2』―この現実世界への疑念
東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』―並行世界は何をもたらすのか
三浦俊彦・永井均の諸論―「この」性はどのように分析できるか
筒井康隆『夢の木坂分岐点』―壊れているのは「私」か世界か
岡嶋二人『クラインの壺』―世界はこのひとつだと信じたい
押井守『アヴァロン』―「現実」らしさはどこにあるのか
米澤穂信『ボトルネック』―こんな「私」じゃなくても
円城塔『Self‐Reference ENGINE』―「現実」はほんとうにひとつなのか
舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』―探偵は世界を創造する
東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』―あれも「私」だったのか〔ほか〕
著者等紹介
加藤夢三[カトウユメゾウ]
1990年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業、同大学教育学研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、お茶の水女子大学基幹研究院人文科学系助教(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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無重力蜜柑
13
駄作。色々な道具や作品を持ち出しているが、その全てが「僕は現実よりフィクションにリアリティを感じるんだ!」という著者の実存の問題(知らんがな)に直結される。その手つきの驚くほどの乱雑さと単調さ。ぶっちゃけ「はじめに」の四ページで本書の議論は終了しており、あとの二百ページは同じ話を延々と繰り返している。紙の無駄である。挙句に個別の作品の読解や、SF、サブカルのジャンル知識の水準も怪しい。バカは批評をしない方がいいとしか 。2025/08/05
葉月
2
諸事情あって二度読んだが、辛い読書だった。並行世界に対して単独性を感じ得るという著者の実存的感覚(これはよくわからない)を基にして、さまざまな並行世界を扱ったフィクションを論じる本。問題は作品論部分で、あらゆるフィクションがそのような筆者の感覚に合致するか否かという基準のみで読まれていくため、ページ数がすすんでも論の進展がほとんどなく、作品論としても杜撰極まる。道具立て自体は面白いものがあると思うだけに残念。2025/08/10
有智 麻耶
0
柄谷行人の〈特殊性/単独性〉という区別や、東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』、三浦俊彦の可能世界論、永井均の〈私〉の哲学を理論的な背景として、現代日本の並行世界をめぐる物語を批評している。「現実世界の確からしさを再確認するために導入される」のではなく、それ自体が「現実世界に取って代わるような確からしさ(=「単独性」)を獲得」する並行世界を、加藤は「存在論的並行世界」と呼び、分析している。それぞれの作品論に、もうすこし紙幅がさかれていると、さらに面白かったと思う。2023/10/23




