リヴァイアサンと空気ポンプ―ホッブズ、ボイル、実験的生活

個数:

リヴァイアサンと空気ポンプ―ホッブズ、ボイル、実験的生活

  • ウェブストアに6冊在庫がございます。(2024年04月20日 09時02分現在)
    通常、ご注文翌日~2日後に出荷されます。
  • 出荷予定日とご注意事項
    ※上記を必ずご確認ください

    【ご注意事項】 ※必ずお読みください
    ◆在庫数は刻々と変動しており、ご注文手続き中に減ることもございます。
    ◆在庫数以上の数量をご注文の場合には、超過した分はお取り寄せとなり日数がかかります。入手できないこともございます。
    ◆事情により出荷が遅れる場合がございます。
    ◆お届け日のご指定は承っておりません。
    ◆「帯」はお付けできない場合がございます。
    ◆画像の表紙や帯等は実物とは異なる場合があります。
    ◆特に表記のない限り特典はありません。
    ◆別冊解答などの付属品はお付けできない場合がございます。
  • ●店舗受取サービス(送料無料)もご利用いただけます。
    ご注文ステップ「お届け先情報設定」にてお受け取り店をご指定ください。尚、受取店舗限定の特典はお付けできません。詳細はこちら
  • サイズ A5判/ページ数 337,/高さ 22cm
  • 商品コード 9784815808396
  • NDC分類 423.88
  • Cコード C3040

内容説明

実験は信頼できるのか―名著、待望の邦訳。空気ポンプで真空実験を繰り返したボイルと、実験という営みに疑いをもったホッブズ。二人の論争を手がかりに、内戦から王政復古期にかけての政治的・社会的文脈の中で、実験科学の形成を捉え直す。

目次

二〇一一年版への序文 二十六年後に―『リヴァイアサンと空気ポンプ』初版から一世代がすぎて
第1章 実験を理解するということ
第2章 見ることと信じること―空気学的な事実の実験による生成
第3章 二重に見ること―一六六〇年以前におけるホッブズの充満論の政治学
第4章 実験にまつわる困難―ホッブズ対ボイル
第5章 ボイルの敵対者たち―擁護された実験
第6章 再現・複製とその困難―一六六〇年代の空気ポンプ
第7章 自然哲学と王政復古―論争のなかでの利害関心
第8章 科学の政体―結論

著者等紹介

シェイピン,スティーヴン[シェイピン,スティーヴン] [Shapin,Steven]
1943年生まれ。エディンバラ大学科学論ユニット、カリフォルニア大学社会学教授を経て、2004年からハーバード大学科学史教授。2014年に科学史の世界でもっとも名誉あるサートンメダルを受賞。科学知識の歴史社会学をリードし続けてきた科学史家・科学社会学者・科学論者

シャッファー,サイモン[シャッファー,サイモン] [Schaffer,Simon]
1955年生まれ。世界の科学史の中心的機関、ケンブリッジ大学科学史・科学哲学科の科学史教授。2013年サートンメダル受賞。著名な科学史家・科学社会学者と組んだ数多くの編著書がある

吉本秀之[ヨシモトヒデユキ]
1958年生。1988年東京大学大学院理学系研究科博士課程単位修得退学。現在、東京外国語大学総合国際学研究院教授

柴田和宏[シバタカズヒロ]
1987年生。2014年東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。現在、岐阜大学地域科学部助教

坂本邦暢[サカモトクニノブ]
1982年生。2011年東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。現在、東洋大学文学部助教、博士(学術)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

この商品が入っている本棚

1 ~ 1件/全1件

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

hitotoseno

8
皆とっくに忘れてしまっただろうが、本邦においては数年前、オレンジジュース程度の弱酸性の液体に一定時間細胞を浸せばその細胞は万能細胞となり、あわよくば我々の若返りに貢献できるかもしれない、なるホラみたいな話が持ち上がった。案の定ホラだったわけではあるが、それにしてもなぜそんなホラが一時はまかり通ってしまったのか。どうやら、発見者の女博士の背後にいた天才教授が(多分ホラであるとわからないまま)頑張りすぎてしまったらしい。2017/08/08

左手爆弾

6
「専門家が実験を繰り返して得た結果なのだから正しいに違いない」日本の理科教育は概ねこうした発想を基礎にして行われているように思われる。が、それは本当か。本書は17世紀後半にかけて行われた実験化学についてのボイルとホッブズの論争を手がかりに、この問題に答える。実験を確かなものにするため、様々な知識が動員される。それは実験器具や実験手法に限定されることなく、文章技巧や社交の流儀にまで及ぶ。それでもなお、「哲学」が要求する知識には及ばない。この根本問題は20世紀の科学哲学論争にも、そして現代でも有効だろう。2016/07/07

ざっきい

2
「虚構の近代」にて参照されていたため読んだ本。1985年出版されたものに、2011年版への序文を加えたもの。当時も現代においても、科学は社会による部分があるということは知られていたとは思うが、本書は科学的方法が生まれでる、いや、論争の的になっている状況を詳細に記している所が面白い。「科学」にしろ何にしろ、人間のイメージ・カテゴリー化能力はこういった詳細を忘れさせてくれる特殊な能力だと改めて感じさせる。2018/07/05

はひへほ

1
実験により示されたことが正しいものとして認識されるのが普通になっているのはいつからなのか。そういう疑問があったところで、この本に出会った。まず、学校の社会で学ぶホッブズと理科で学ぶボイルがつながるとは思わなかった。中身についてはこの記事(https://allreviews.jp/review/4894)が参考になる。 ボイルの実験による知識の生産様式が受け入れられていったのは、英の王政復古期の政治的状況の要請に合っていたからとしている。科学社会学の流れが今どうなってるのか気になった。2024/04/02

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/10900039
  • ご注意事項

    ご注意
    リンク先のウェブサイトは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」のページで、紀伊國屋書店のウェブサイトではなく、紀伊國屋書店の管理下にはないものです。
    この告知で掲載しているウェブサイトのアドレスについては、当ページ作成時点のものです。ウェブサイトのアドレスについては廃止や変更されることがあります。
    最新のアドレスについては、お客様ご自身でご確認ください。
    リンク先のウェブサイトについては、「株式会社ブックウォーカー」にご確認ください。