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目次
序章 セザンヌの生きた時代―エクス=アン=プロヴァンス、そしてパリ
1 夢想家の誕生―誕生からエクスの青春時代(1839‐1860年 0‐21歳)
2 絵画に夢を託して―野心と落胆(1861‐1871年 22‐32歳)
3 印象主義との出会いと別れ―自然への接近(1872‐1878年 33‐39歳)
4 絵画における真実の追求―感覚の実現へ(1879‐1895年 40‐56歳)
5 前人未踏の境地―「約束の地」へ向けて(1896‐1906年 57‐67歳)
終章 近代絵画の父、セザンヌ像の形成―没後の受容
著者等紹介
永井隆則[ナガイタカノリ]
1956年生まれ。文学博士(京都大学)。Dipl^ome d’´etudes approfondies(プロヴァンス大学/エクス・アン・プロヴァンス、フランス共和国)大学院博士課程博士論文提出資格課程修了。京都国立近代美術館主任研究官を経て、京都工芸繊維大学准教授。専門はフランス近代美術(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
364
セザンヌもピカソほどに顕著ではないが、やはり生涯にわたって変貌を続けた画家だろう。セザンヌを敬愛していたピカソは当然のこととして、セザンヌには誰かの絵を想わせるものが多い。マチスであったり、モネであったり、ゴッホであったり。「ビベミュの石切場」のようにキューブに近接したものもある。セザンヌの眼の、あるいはセザンヌの絵の力の源泉は何処にあるのだろう。一見したところではわかりやすそうに見えかねないが、なかなかに難解な絵である。玄人受けのする画家なのだろう。 2021/03/24
ハイク
105
セザンヌは静物画やサント・ヴェクトワール山を画いたことで名が知られている。日本でも度々展覧会で観ており印象派でファンも数多い。南フランスの田舎町エクスに生まれ父は裕福な資産家であった。後にフランスの有名な小説家ゾラは幼馴染である。パリに出て印象派の人々と交流した。特に9歳年上のピ サロと出会い大きな影響を受けた。ヴィクトワール山はセザンヌの故郷の山であり、彼は好んでこの山を描いた。またピカソはセザンヌから影響を受けたと言う。セザンヌの絵を見ると三角形構図が多い。これは見る側に安心感を与える構図だという。 2017/04/28
Hideto-S@仮想書店 月舟書房
91
【感覚の実現】をライフワークに19世紀後半から20世紀初頭、精力的に活動したポール・セザンヌ(1839~1906)。生涯に油彩画954点、水彩画645点を描いた。モネ、ルノワール、ドガ、ピサロらと共に印象派というジャンルの創出に参加し、その後独自の路線を追及した。後世のマティスやピカソから信奉され、日本の洋画家にも多大な影響を及ぼしたという。銀行家の父から莫大な遺産を相続し生活に困窮することがなかった彼は、パトロンを持つこともなくわが道をまい進することができた。画家の生涯と代表作が80頁で紹介された好著。2015/08/27
booklight
33
印象派四天王3人目。近代絵画の父、というのもよく分かる。「感覚の実現」を標榜し、古典から踏み出した印象派を踏み台にして、なんでもありの近代絵画への道を拓いた。ピカソやカチンスキーへの萌芽がみられる。とはいえ、セザンヌはセザンヌ。まずは色彩。リンゴや人の顔をあんな風に塗ってしまうんだ、という違和感と妙な納得感。セザンヌ色。そして幾何学的というか構成というか、ものの配置や形からくる奇妙な感覚。写真で言えばどういうアングルで撮るか。言葉にはできないざわざわする感覚を生じさせる。無意識領域に踏み込んでくる絵。2022/12/18
風に吹かれて
23
先日、ダニエル・トンプソン監督の映画『セザンヌと過ごした時間』(2017)をprime videoで観た。主にセザンヌとゾラの関わりを描いたもの。いつも不機嫌で自意識が強く周りの人々に当たり散らすセザンヌ。「こんな絵、くれてやる」と殴り書きして汚した絵を人に投げつけるセザンヌの姿が多く、途中で観るのをやめようと思いながら切れ切れに何日もかかって観終えた。サント=ヴィクトワール山を描いた何枚もの絵がエンドロールに使われていた。 →2022/07/17
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