草地と日本人―日本列島草原1万年の旅

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  • サイズ B6判/ページ数 244p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784806714347
  • NDC分類 454.65
  • Cコード C0045

出版社内容情報

半自然草地・草原の生態を、絵画、文書、考古学の最新知見を通し、気鋭の研究者が明らかにする。

日本列島の土壌は1万年の草地利用によって
形成されてきた――

先史時代、万葉集の時代からひとびとの暮らしのなかで
維持管理され、この半世紀で急速に姿を消した植生である、
半自然草地・草原の生態を、
絵画、文書、考古学の最新知見を通し、
気鋭の研究者が明らかにする。

【著者紹介】
1965年大阪府生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。現在、長野県環境保全研究所主任研究員。専門は昆虫生態学、保全生物学。『長野県版レッドデータブック動物編』の作成に参画。共編著『信州の草原――その歴史をさぐる』(ほおずき書籍)、共著「日本列島における草原の歴史と草原の植物相・昆虫相」(『シリーズ日本列島の三万五千年――人と自然の環境史 第2巻 野と原の環境史』所収、文一総合出版)、編集総括および分担執筆『長野県生物多様性概況報告書』(長野県環境保全研究所)などがある。

内容説明

日本列島の土壌は1万年の草地利用によって形成されてきた―先史時代、万葉集の時代からひとびとの暮らしのなかで維持管理され、この半世紀で急速に姿を消した植生である、半自然草地・草原の生態を、絵画、文書、考古学の最新知見を通し、気鋭の研究者が明らかにする。

目次

序章(軽井沢は広大な草原だった;人間活動が維持してきた草原 ほか)
第1章 日本列島の半自然草原―ひとが維持した氷期の遺産(明治から昭和初期の草原の記憶と今;日本の草原の減少と草原性生物の危機 ほか)
第2章 草原とひとびとの営みの歴史―堆積物と史料からひもとかれる「眺めのよかった」日本列島(環境変動と花粉分析から復元された植生の変遷;最終氷期最盛期の植生 ほか)
第3章 畦の上の草原―里草地(最も身近な草地―子どもの遊び場だった畦;畦上の半自然草地―里草地 ほか)

著者等紹介

須賀丈[スカタケシ]
1965年大阪府生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。現在、長野県環境保全研究所主任研究員。専門は昆虫生態学、保全生物学

岡本透[オカモトトオル]
1969年山口県生まれ。東京都立大学大学院理学研究科地理学専攻卒。現在、独立行政法人森林総合研究所木曽試験地主任研究員

丑丸敦史[ウシマルアツシ]
1970年群馬県生まれ。京都大学理学研究科修了学位取得。京都大学生態学研究センターCOE特別研究員、総合地球環境学研究所非常勤研究員を経て、神戸大学人間発達環境学研究科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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月をみるもの

10
野焼きが、そんなに昔から行われてたなんて全然知らなかった。。しかも土の種類までもが、人間活動によって変わっているとは。歴史や生態学からも、地質学と同じ結論が導かれるというのが面白い。。 https://bookmeter.com/reviews/724073432018/06/10

ckagami

3
縄文時代から、狩猟のために(見晴らしがよく狩りをしやすい、動物にとってはかくれががない)草原を作る必要から野焼きをしていた可能性、という、意外な指摘。その後古代には牛馬飼育用の牧の経営が令によって定められ、野焼きの時期なども指定していた。江戸時代まで日本列島は広く草原が広がっていた。2020/01/14

杞人

2
田んぼの畔は人間による刈り取りによって維持された半自然草原(里草地)であり、またユーラシアの草原と共通の種が多いが、これは列島に人間が移動して来て以来その絶えまぬ活動によって自然が攪乱されて遷移が押しとどめられ、氷河期の草原が部分的に保存されてきた結果である、というのはロマンチックな言い分になるがとても楽しい。2016/03/15

はるわか

2
半自然草原、後氷期以降の人間活動、火入れにより維持される草原、一万年前(縄文時代)にさかのぼる黒色土、萱野・茅屋・柏原、里山、20世紀初頭に国土の13%を占めた草地面積も1%に減少、万葉集に歌われる草原、小清水原生花園・霧ヶ峰・蒜山高原・三瓶山・秋吉台・くじゅう・阿蘇、日本の人口・縄文10万人・稲作100万人・経済社会化近世1000万人・工業化近代1億人、馬、騎馬の文化が大陸から関東に、東山道(長野・群馬・栃木・関東平野)、信濃の牧・延喜式、諏訪神社、江戸時代には草原が拡がり樹木が少なかく眺めがよかった2012/08/11

Yoko Narano

1
今、草原は国土の1%だが、草原が長く続いた場所にできる黒ボク土という土壌は17%ある。かつての日本列島は各地に草原があった。軽井沢も武蔵野も、見渡すかぎりの草原だった(「牧」とつく地名の場所も)。それは田畑の肥料、牛馬の餌、屋根をふくためのカヤなどを採取するためだったが、人の手で維持された半自然草原には氷河時代に大陸から渡ってきた多くの植物、昆虫が生息していた。その中には、草原が森林化していく時代に、絶滅の危機にあるオオルリシジミのような種もいる。『森林飽和』と合わせて読みました。良書。2016/03/30

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