中東の誕生―切手で読み解く中東・イスラム世界

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  • サイズ B6判/ページ数 271p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784803503432
  • NDC分類 226
  • Cコード C0021

内容説明

本書は、郵便学の視点から、アフガニスタンの過去と現在、パレスチナ問題の歴史的経緯、「悪の枢軸」のひとつとされたイランの世界観など、現在の中東・イスラム世界とその歴史的背景を考える六篇の小論を収めたものである。

目次

第1章 アフガニスタン・ノート
第2章 「中東」の誕生
第3章 ヒジャーズと郵便
第4章 中東戦争とその時代
第5章 アラブ土侯国と切手
第6章 革命イランの「世界」像

著者紹介

内藤陽介[ナイトウヨウスケ]
1967年生まれ。東京大学卒業。現在、同大学大学院人文社会系研究科助手。切手・郵便資料をとおして、時代や社会を読み解く活動を行っている

出版社内容情報

 *書評から*

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 切手を通じて時代や社会を読み解く名手、内藤陽介氏の新作。
 何かと話題の中東に関する六編の掌編が収められている。表題作「中東の誕生」は、第一次大戦後、オスマン帝国が解体・分割されていく経緯を当時のカバーなどから再構成したもので、英仏両国が中東地域の国境線を画定していった状況が鮮やかに描き出されている。この他にも、アラブ・イスラエル間の中東戦争を扱った「アラブ民主主義とその時代」、ホメイニ政権下のイランの反米切手を分析した「革命イランの世界像」、タリバン政権崩壊までのアフガニスタンの歴史を概観した「アフガニスタン・ノート」など300点の図版とともに、中東現代史の勘所がテーマごとによくまとめられている。
 収集家としては、「アラブ土侯国概説」(この分野に関するまとまった記述としては、日本で初めて)や、主な地名のアラビア語・英語・日本語の対照表(消印やカバーの宛先を調べるのに役立つ)などが見逃せない。
(雑誌『郵趣』新刊紹介より抜粋)

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 郵便切手が国家によって発行される以上、図柄に政策やイデオロギーが反映されるのは自然なことである。アフガニスタンでは70年代にクーデターで王政が倒れると、王の肖像が印刷された前政權の切手は、その部分だけ切り取られて使用された。また、親ソ政権下ではレーニンを顕彰する切手が発行されている。
 そう考えると、切手や封書など複合的なメディアと捉える「郵便学」の対象として最も魅力的なのは、政治的に不安定な国や地域だろう。オスマン朝から現在の中東諸国までの切手や葉書を約300点掲載し、激動の中東史を読み解いたのが本書だ。
 たとえば、パレスチナ・ゲリラが60年代末に発行した切手もどきのラベル、エジプトとの関係が悪化したイランで発行されたサダト暗殺犯賞賛の切手など、国際社会に自分の存在をアピールする手段として切手が捉えられていることも興味深い。
 (週刊新潮 2002年6月27日号より抜粋)


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“メディア”としての切手で読み解く中東の歴史
 われわれは、ふだん郵便物の中身には注意を払っても、よほどのコレクターでない限り、スタンプが押された切手に興味を抱くことはないだろう。しかし本書に触れると、切手に対する見方が一変するかもしれない。切手の図柄は、発行国の観光名所や国家行事のみが描かれているわけではなく、時には政策やイデオロギーが大きく反映されるからである。
 湾岸戦争の際には、アメリカに対するイラクの「勝利」を表明する切手がイラクで出回った。イラクを象徴する鷹が星条旗を引き裂いている図柄で、鷹の背後にはアラブ世界を示す地図のシルエットが描かれていた。このエピソードは、切手をはじめとする郵便資料がメディアとしての性格をもつことを如実に物語っている。
本書の著者は、切手を中心とした郵便資料を通して国家と社会、時代や地域の在り方を読み解く研究を積極的におこなってきた。中国と北朝鮮の郵便物を分析することで両国の実態に迫った研究の成果はすでに『マオの肖像』や『北朝鮮事典』といった著作に結実している。本書は、これらと同様の手法を用いて、中東地域の歴史を読み解いたものである。
 かつて中東は長らくオスマン朝の支配下にあった。支配地域の郵政はオスマン朝が担当し。彼らが発行した切手が使用された。やがて第一次世界大戦が勃発すると、大きな変化が訪れた。同盟国側のオスマン朝は連合国に降伏し、分割されたかつての支配地域は英仏両国の介入にさらされてゆく。その後、郵政は当然のように複雑をきわめていった。
 著者によれば、切手を発行して郵政事業を展開するのは、その地域における主権を行使することだという。裏返していえば、切手の消印に見られる地名から当該切手の使用地域を特定し、発行国の勢力範囲を特定することができるのである。さらに切手の品質は、発行国の技術的・経済的水準を測る指標ともなる。その好例が、二三年五月にイギリスの委任統治下で自治国となったトランスヨルダン王国であった。同国は独立したといっても、当初は自前の切手を発行できず、既存の各種切手を土台に加刷したものを使っていた。実際、創設時の人口が約四十万人にすぎず、独立国を運営するに足る資源や産業もそんざいしていなかったのだ。
 本書には、世界中の郵便資料が多くの図版として掲載されている。中でも、切手の持つイメージ喚起力はめざましい。国家や時代を映し出す鏡のような役割を果たすため、切手を通すと複雑な中東諸国の歴史も身近に感じられる。
(『諸君!』2002年8月号・書評より)

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 昨年のテロ以降、次々と出てくる中東本だが、本書はちょっと毛色が違う。副題が
「切手で読み解く中東・イスラム世界」。あっと驚く政治的メッセージを持った切手
が多々登場する。知られざる国際政治史の裏面を切手を通じて学べる好著。
(『文藝春秋』2002年8月号より)

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ニューギンザ・デパート三階。切手売り場にて。
「……なア、おっちゃん。このネコの切手の さるじゃあ いうんは、いったいどこの国なん?」
「なになに……ああこりゃアラビア語が書いてあるなア。どっか砂漠の国やろ。」
「ほなこっちの うんまるきわいん は?」
「……(汗)」
アジマン、フジエイラ、ラサールカイマ……切手を集めたことがある、もしくは現在進行形で集めているものなら、すぐにピンとくる国名だろう。
 だが、どこにあるどんな国なにか。世界地図を開いても、見つかったためしはない。
 そして今話題のアフガニスタン、イランにイラク。
 戦争、動乱、テロ活動━━ニュースでは毎日のように見聞きする情勢だが。どうしてこんなことになったのか。新聞の記事からもその答えは見つからない。
 切手ファンにとっては「知ってて未知名な」中東の国々の歴史と今を。そして現在に続く、中東・昏迷の近現代史を「切手」で読み解く。おなじみ、内藤郵便学の最新刊!
 毛沢東の帽子をめくり、北朝鮮のベールを暴き。……今度は中東だ!
(熊)
『月刊 しにか 8月号・2002』より抜粋

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 切手が語る臨場感満点の現代史

 イスラム学者の内藤陽介氏は、切手のアラビア語や図柄を読み解くことにより、複雑な中東現代史の深層を独自の手法で解説することに成功した。そもそも、これほど切手が国家主権や国威発揚にかかわる道具だという点に気づく人は少ないだろう。たとえば、一九四八年に国連でパレスチナ分割が日程にのぼると、すぐにユダヤ国民評議会は、テルアビブやエルサレムなどで義捐証紙に「郵便」の文字を加刷して臨時の切手とし、自らの支配地域内で郵便物に貼附させた。英国の委任統治件を否定する行為である。しかし、四八年五月のイスラエルの建国宣言直後に発行された切手には、「ヘブライ郵便」の表記はあっても「イスラエル」という名称はなかった。切手をつくった時にはまだ新国家の名前が決まっていなかったからだ。実に臨場感のある話ではないだろうか。
 アラブのほうにも似た事情はある。イスラエルの建国に反対してガザに進駐したエジプト軍は、本国切手に「パレスチナ」と加刷した切手を出した。ガザ占領を早くから計画していた証なのである。しかも、占領後まもなくガザへの「到着」記念切手を出して、占領の正当性を国際社会に認知させるべく「国家のメディアとしての切手を活用」したというのだ。他方、西岸を占領したヨルダンは、そこで使う切手に「パレスチナ」の文字を加刷して実質的な併合を誇示した。しかし酷いことに、アラブ諸国が占領支配したパレスチナ版図のどこでも、パレスチナ人自身によって「パレスチナ」の切手が発行されることはなかった。パレスチナ国家の設立を阻害したのは、イスラエルだけではなかったのだ。
 一九五八年のエジプトとシリアの合邦についても切手の語る事実は興味が尽きない。シリア側では合邦以前の切手に「アラブ連合共和国」の加刷がなされたのに、エジプト側では同様な加刷切手は発行されなかった。ここから内藤氏は、対等な合邦を意図したシリアと、それを属領と見なす空気が強かったエジプトとの温度差を指摘する。シリア国民の側に合法を疎んじる気分を横溢させたのは存外、毎日エジプトから届く無化刷の切手だったのかもしれない。ナセルが一枚噛んだイエメン革命にまつわる切手の逸話も面白い。六二年の革命後も、サウジアラビアに拠点をもった王党派は「イエメン王国」の切手を出し続けた。サウジ政府は、自国領土における他国郵政の切手貼附の手紙を料金未納扱いにせずに通用させ、イエメン王党派の郵政活動を黙認した。さらに米国も、反ナセルの立場からこの切手の有効性を認め、不足料を徴収しなかったという。
 イスラエルは六七年の「六日戦争」では戦勝の余波をかって記念切手を発行したが、それを貼った郵便物はしばしば社会主義圏では引き受けを拒否されることもあった。痛ましいのは、敗戦が決定づけられた直後に、エジプトで「パレスチナ防衛のためのアラブの団結」を訴える切手が発行されたことである。開戦直前の昂揚した気分の中で製作が始まっていたのだろう。切手の理念は現実に裏切られ空文化していたが、ナセルの体現していた「夢」を信じたいという空気が強かったために発行されたのかもしれない。内藤氏は、これらの切手には「滑稽さを通り越して、痛ましさが充満している」と指摘するが、私も同感である。
 原色の切手スライドと併用するなら、中東現代史の講義や市民講座の特異なテキストとしても人気を呼ぶに違いない好著である。
 (毎日新聞・書評、2002年7月28日 評者:山内昌之)