HOBBY JAPAN 軍事選書<br> 第191 3号突撃砲旅団―猛牛旅団の戦い1940-1945

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HOBBY JAPAN 軍事選書
第191 3号突撃砲旅団―猛牛旅団の戦い1940-1945

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  • サイズ 46判/ページ数 335p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784798641348
  • NDC分類 396.6
  • Cコード C0076

出版社内容情報

突撃砲を装備し戦場の火消しに活躍した“猛牛旅団”

歩兵支援用として開発されたIII号突撃砲を装備して編成された第191突撃砲旅団の戦記。1941年のギリシャ戦線からはじまりバルバロッサ作戦に参加、ウクライナからモスクワ(1941年)、ヴォロネジ、クルスク、コーカサス、クーバン(1942年)、ケルチ半島、クリミア(1943年?1944年)へと転戦し、最終的にはセヴァストポリから輸送船によってルーマニアへ撤退した。ソ連に対する作戦においては最も激しい戦闘が行なわれた戦域で闘った旅団の軌跡を、100点以上の写真と16枚の地図で綴っている。

著者ブルーノ・ボルク中尉は、III号突撃砲の戦術的重要性を記録した書籍を著したいと熱望、第191旅団の生存メンバーも戦争に関する一貫性のある記録文書を望んでいたため、軍事記録や文献の収集、そしてできるだけ多くの元旅団員へのインタビューに取り組んでいる。


【目次】

内容説明

100点以上の写真と16枚の地図を収録し、第191旅団の軌跡を綴る。”猛牛旅団”としても知られる彼らは、3号突撃砲を駆使して1941年のギリシャ戦線で活躍。次いでバルバロッサ作戦に参加した。ソ連に対する作戦において、最も激しい戦闘が行なわれた戦域に配備された旅団は、歩兵部隊とともにウクライナからモスクワ、ヴォロネジ、クルスク、コーカサス、クバン、ケルチ半島、クリミアへと進軍し、セヴァストポリから輸送船によってルーマニアへと撤退。最終的には、戦争の最後の日まで、オーストリアの南東戦線で戦い続けたのだった。

目次

第一章 ユーターボークでの第191突撃砲大隊の編成、1940年10月~12月
第二章 バルカン半島での作戦、1941年春
第三章 独ソ戦
第四章 クルスクからコーカサスへ、1942年~1943年
第五章 コーカサスからの撤退、1943年1月~4月
第六章 クリミアでの戦闘、1943~1944年
第七章 クバン橋頭堡からの撤退、1943年9月16日~10月9日
第八章 クリミアをめぐる闘争、1943~1944年
第九章 セヴァストポリの防衛と撤退、1944年4月16日~5月13日
第一〇章 南東部戦線の防衛、1944~1945年
付録

著者等紹介

竹内規矩夫[タケウチキクオ]
1966年福岡県北九州市生まれ。立教大学文学部卒

ボルク,ブルーノ[ボルク,ブルーノ]
ドイツ国防軍に所属した職業軍人で、1940年に旅団での勤務を開始した時点で既に砲兵准尉―Hauptwachtmeister(中隊先任下士官)の階級に達していた。その後負傷(1943年半ば)し、士官養成課程を1944年8月に卒業して上級少尉となる。1944年11月1日に中尉に任官、1945年3月30日に一級鉄十字章を受章し、1945年4月21日に大尉として現役を退いた。1996年3月に死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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