この家で死にたいと母は言った 親を自宅で看取るということ

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この家で死にたいと母は言った 親を自宅で看取るということ

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  • サイズ 46判/ページ数 272p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784797674804
  • NDC分類 916
  • Cコード C0095

出版社内容情報

「大切な人をどう送るか」「しあわせな最期とは?」を問いかける感動作!!
『暮しの手帖』元編集長・澤田康彦による「在宅死」を選んだ母と息子の、やさしくてあたたかい別れの記録


【特別寄稿】「本当によかったね。」本上まなみさん(著者の妻・俳優)収録

ある日、実家(滋賀県東近江市)でひとり暮らす九一歳の母(愛称ひいちゃん)がステージ4のがんと宣告された。「まあまあ元気」と思っていた母の命のカウントダウンが突然始まった。
「自分の家がいいんよ、どこにも行きたくない……」。住み慣れた家に最期までいたいと遠慮がちにつぶやくひいちゃん。在宅医療? 緩和ケア? 介護保険制度? 知識のなかった息子は「いっぱいいっぱい」になりつつも訪問看護師、ホスピス医、ヘルパーの力を借り、家族や友人を巻き込んで母に寄り添い続ける――。
母との二人きりの時間、残されたノートやアルバムを通して、昭和・平成を生きた人の人生が浮かび上がる。

【本文より・1】
彼女のラストの三年間は、死に向かう絶望、悲嘆にくれる三年ではなく、生そのものの年月だった。
母と私たちはよくしゃべり、よく食べ、飲み、笑って、泣いて、口げんかもし、たくさんの人を家に迎えた。
がんの宣告がなければ、母と息子がここまで深く交わることはなかっただろう。
母と私たちに与えられたのは、三年間の、文字通りの「長いお別れ」の時間だった。
【本文より・2】
「使える制度をみなさんあまり知らないんです。介護や看護の力が必要な本人やご家族が、それを知らないばかりに自分たちだけでがんばっているということが多い」(福祉用具専門相談員)
わかる! 今回私はまさにそれに直面した。
複雑な制度を知ろうとする力、意欲が必要とされる。個人差も大きい。家庭環境差、地域差も。技術、体力、知識を要する。予算も。正解が見えない。別れの日までの所要時間も。

【著者プロフィール】
澤田康彦(さわだ・やすひこ)
一九五七年、滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。マガジンハウスにて雑誌『BRUTUS』『Tarzan』等の編集に携わったのち退社、『暮しの手帖』編集長となる。二〇二〇年より家族の住む京都に戻る。エッセイに『一泊なのにこの荷物!』(本上まなみとの共著、ミシマ社)、『ばら色の京都 あま色の東京』(PHP研究所)、『いくつもの空の下で新暮らし歳時記』(京都新聞出版センター)、『四万十川よれよれ映画旅』(本の雑誌社)、短歌入門書『短歌はじめました。』(穂村弘、東直子との共著、角川ソフィア文庫)など。



【目次】