内容説明
プロ野球界の至宝“大投手”大野豊が自ら初めて書き下ろす、その生き方、考え方、そしてピッチャーとしての数々の打者との対戦…。デビュー戦の“天文学的”防御率135など数々の苦難を乗り越え、22年間に渡る栄光の実績と、42歳でのタイトル(最優秀防御率)獲得はいかにしてなしえたのか。そして解説者として、オリンピック日本代表の投手コーチとして、新たな挑戦を始めた新版ここに誕生。
目次
新たなる挑戦(日本代表ピッチングコーチに就任;病床の長嶋監督が託した思い;アテネの激闘9試合の果てに… ほか)
第1部 我が選んだ道に悔いはなし(天国と地獄のマウンド;プロまでの道のり;素晴らしきプロ野球人との出会い ほか)
第2部 スペシャル対談=大野豊×二宮清純(ピッチング術;コーチ時代;近代野球から21世紀へ)
第3部 大野豊登板707試合完全データ
著者等紹介
大野豊[オオノユタカ]
昭和30年、島根県生まれ。出雲商高から出雲信用組合(軟式野球)を経て、52年にテストで広島カープ入団。63年に防御率1位と沢村賞を受賞。平成3年には最優秀救援投手となる。7年にセ・リーグ最年長完封勝利を達成し、9年には42歳で防御率1位のタイトルを獲得。10年限りで現役引退。11年に広島カープの投手コーチを務めたあと、12年からNHKの野球解説者として活躍。16年にはアテネオリンピック日本代表チームのピッチングコーチを務めた
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ひらけん
16
石垣島で生の大野さんに会って、そう言えば、家にこの本があったなと久しぶりに読んだよ。今でもカープの左投手と言えば、川口投手か大野投手がすぐに思い浮かんでしまう。軟式野球経験者ってのは知っていたが、プロになった経緯は全く知らなかったよ。1年目の天文学的な135.0っていう防御率だったからこそ、22年間もプロ野球を続けて来られたって話に、人は誰しも順風満帆ではない。時には失敗もするし、挫折も経験するからこそ、それを糧に人は成長するんやろな。原選手が現役最後の打席に大野投手が投げた試合が一番印象に残っている。2018/03/04
たーくん
7
再読→→→プロ野球界の至宝“大投手”大野豊が自ら初めて書き下ろす、その生き方、考え方、そしてピッチャーとしての数々の打者との対戦…。デビュー戦の“天文学的”防御率135など数々の苦難を乗り越え、22年間に渡る栄光の実績と、42歳でのタイトル(最優秀防御率)獲得はいかにしてなしえたのか。そして解説者として、オリンピック日本代表の投手コーチとして、新たな挑戦を始めた新版ここに誕生。 2018/06/11
dani
1
北別府・川口・大野の3本柱の中でも一番は大野。本当にカッコ良かった。大野が好きな言葉として紹介していた『仕事を愛し、人を愛し、自分を愛せよ』という言葉。今の自分には耳が痛い。2011/11/30
産廃屋
1
四半世紀プロ野球見てきたけど、やっぱり大野が一番好きだなぁ。2009/09/19




