出版社内容情報
「万葉ブーム」ではないかと思うほど、書店には万葉集関連の本がたくさん並んでいます。小倉百人一首をテーマにした末次由紀さんの大ヒットコミック『ちはやふる』や、JR東海のCMポスター「うましうるわし奈良」の影響でしょうか。あるいは、テロ、殺人、貧困、格差拡大など、現代社会があまりにも殺伐としているので、人々が心の安らぎ、癒しを古【いにしえ】に求めているのかもしれません。
本書は、約四五〇〇首が収録された日本最古の国民歌集『万葉集』を、歌に材を取った版画・ペン画とともにひもといてみようという試みです。
万葉を代表する女流歌人・額田王【ぬかたのおおきみ】は、大海人皇子【おおあまのみこ】(のちの天武天皇)と別れて、その兄・天智天皇の後宮に入りましたが、こんな歌を残しています。
君待つと わが恋ひをれば わが屋戸【やど】の簾【すだれ】動かし秋の風吹く
「簾が動くのを見て貴方かと思えば秋の風でした」と、天智天皇の訪問が減ったのを嘆いた歌です。万葉集ではこの歌の次に、額田王の姉という説のある鏡王女【かがみのおほきみ】によるこんな一首が載っています。
風をだに恋ふるは羨【とも】し 風をだに来【こ】むとし待たば何か嘆かむ
「風にしろ恋しく思うのは羨ましいかぎりよ。私のところへは風さえ来ないのですから」と、額田王を慰めているのです。
こうした細やかな情の表現が、歌を通して千数百年前に行われていたことにびっくりします。それが高貴な人々だけでなく一般市民に至るまで共通していたのも、大和民族の文学的素養の高さを証明しています。
本書では、「恋」「祈り」「潤い」「花香」「古都賛歌」の五章に分けてできるだけ多くの歌を紹介します。エピソードも織り込んだ「万葉さんぽ」に、みなさまのご来訪を心からお待ちしています。(うじ・としひこ)
宇治敏彦[ウジトシヒコ]
1937年大阪生まれ。東京新聞論説主幹などを経て中日新聞社専務(東京新聞代表)などを歴任。現在、相談役。約40年にわたり万葉集に取材した木版画を制作している万葉版画家でもある。生活情報紙『暮らすめいと』に「万葉のこころ」を連載中。『政の言葉から読み解く戦後70年』など著書多数。
目次
第1章 恋(「道を焼き払いたい」と歌った新妻の情念;二人の天皇に寵愛された万葉歌人―額田王 ほか)
第2章 祈り(六道の阿修羅は「闘争神」だった?;三重塔の再建にかけた井上慶覚師の「夢」 ほか)
第3章 潤い(酒を愛し、人生を考えた風雅詩人;大雪の寒さをユーモラスな歌で吹き飛ばした天皇夫妻 ほか)
第4章 花香(春の花;夏の花 ほか)
第5章 古都賛歌(カラフルだった奈良の都;大海人皇子が天下掌握の戦略を練った吉野 ほか)
著者等紹介
宇治敏彦[ウジトシヒコ]
ジャーナリスト、万葉版画家。1937年大阪生まれ。早稲田大学卒業後、旧東京新聞社を経て中日新聞社に入社。論説主幹、編集担当取締役、専務取締役、東京新聞代表など歴任。現在、相談役。ほかにフォーリンプレスセンター評議員、日本生産性本部幹事、日本政治総合研究所常任理事など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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