震災復興と地域産業〈3〉生産・生活・安全を支える「道の駅」

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震災復興と地域産業〈3〉生産・生活・安全を支える「道の駅」

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  • サイズ B6判/ページ数 215p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784794809438
  • NDC分類 602.12
  • Cコード C0060

内容説明

東日本大震災の前から、東北の各地では、「道の駅」が地域資源活用の重要な拠点となっていた。その道の駅が、今次の災害では緊急避難所あるいは後方支援機関となり、さらに被災後は復興の拠点として、地域の「灯」、人びとの「希望」であり続けている。本書では、東北地方の11の「道の駅」の奮闘記を通して、その「生産・生活・安全」の拠点としての意義を再確認し、成熟社会における新たな可能性と課題を展望する。

目次

防災拠点としての道の駅
第1部 被災の前線に立つ(宮城県石巻市/震災直後も営業を継続して被災者を支援した「上品の郷」―被災地域において道の駅が果たした役割;福島県相馬市/地震、津波、原発事故の混乱の中で「そうま」―防災拠点としての可能性と課題;岩手県野田村/地域のネットワークが大きな力を発揮した「のだ」―特産品の「塩」と女性起業の力;岩手県山田町/民間主導の道の駅が果たした柔軟な対応「やまだ」―災害対応から産業復興拠点へ;岩手県宮古市田老/津波で崩壊したまちを支えた「たろう」―防災拠点としての役割と課題)
第2部 後方支援に従事(岩手県宮古市川井/流域連携で被災地に物資供給「やまびこ館」―上流の道の駅が下流の沿岸地域の後方支援を行う;岩手県遠野市/休息場所の提供と商品提供に努めた「遠野風の丘」―防災後方支援型都市の一つの機能;宮城県登米市/駅同士の連携で再開を支援した「みなみかた」―発揮された道の駅のネットワーク力)
第3部 被災からの復旧・復興(宮城県気仙沼市/津波被災後、即、仮操業開始「大谷海岸」―被災地域の人びとに応える;岩手県宮古市/被災後一年で仮操業「みやこ」―仮設住宅への移動販売から再開;福島県いわき市/再オープンを果たした「よつくら港」―東北初の「民設民営」型道の駅の再挑戦)
地域を支える道の駅―震災対応からみえてきたこと

著者等紹介

関満博[セキミツヒロ]
1948年富山県生まれ。1976年成城大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。現在、明星大学経済学部教授、一橋大学名誉教授、博士(経済学)

松永桂子[マツナガケイコ]
1975年京都府生まれ。2005年大阪市立大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得。現在、大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授、博士(経済学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

休憩機能、地域の連携機能を超えて、「地域の顔」として、また産業振興と防災の拠点として進化する「道の駅」の可能性を探る。
東北はじめ全国の農山漁村では、東日本大震災の前から、地域資源を活かした取り組みを深めつつあった。その拠点として、中心的な役割を担っていたのが「道の駅」である。地域産業振興の拠点、人びとの交流の拠点として、地域に根差しながら進化を遂げてきた。 道の駅が誕生したのは1993年のことであり、今年でちょうど20年目を迎える。その数は右上がりに増え続け、2013年3月末時点で全国1005カ所にのぼる。その間、各地の道の駅は、地域ならではの産品を掘り起こし、販売することを通じて、「地域の顔」へと発展を遂げた。土日・休日ともなれば、駐車場に車があふれかえる道の駅も少なくない。もはや、道の駅は通過点ではなく、目的地となりつつあった。東日本大震災では、防災拠点としての役目を果たしたことが注目されよう。3月のあの晩冬の闇の夜、被災地の道の駅では多くの住民が暖をとった。食料品や毛布なども提供された。断水状況下でトイレを開放し、スタッフたちが手作業で処理に当たったケースも報告されている。通常、道の駅は避難所としての指定を受けていない。しかしながら、あの状況下では、一時避難所までたどりつくことのできない人びとがどれほどいたことか。駅長やスタッフたちの柔軟な対応により、住民を救った道の駅も少なくないのである。そして道の駅は震災後も、地域の拠点として機能し続けた。道路情報だけでなく、住民たちの安否情報を蓄積、情報発信していく。被災者に寄り添いながら、刻々と変わるニーズにも柔軟に対応していった。避難者向けに、食料品だけでなく下着や長靴等の日用品も揃えた。ボランティアや自衛隊、建設関係者が立ち寄ることが増えれば、温かい食事を提供するなど、フル稼働で対応した。さらに営業再開後は、「産業復興の拠点」として重要な役割を担っている。震災前から人口減少、超高齢化が進んでいた東北地方で、道の駅は地域の新たな可能性を導く存在としてさらなる進化を遂げている。休憩機能や地域の連携機能を超えた「その先」を、被災地の道の駅の奮闘記から読みとっていただければ幸いである。(編者 松永 桂子)