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理性と信仰―法王庁のもうひとつの抜け穴

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  • サイズ A5判/ページ数 612p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784794809407
  • NDC分類 132.2
  • Cコード C1010

内容説明

薄闇せまる現代世界に中世の真夏から差し込む光。理性を欠いた信仰(原理主義)と信仰を欠いた理性(道具主義)がせめぎあう現代。いまこそ、理性と信仰が同じひとつの源泉―すなわち「神秘」―で湯浴みしていた西洋中世哲学の最盛期を顧みるべき時。そこには今日の人類を未来へみちびく抜け穴がある。「考えること」と「信じること」、その最良の関係を模索してきた「大学」。リベラルアーツ(一般教養)とは、本来何だったのか。

目次

序論 社会学者とローマ法王
第1章 トマス・アクィナスを忘れる あるいはアルベルトゥス・パラダイム
第2章 アルベルトゥス・マグヌスの哲学構想
第3章 哲学者・占星術師・降霊術師
第4章 教授たちの哲学
第5章 信仰と理性アヴェロエス対トマス・アクィナス
第6章 哲学と神学 アルベルトゥス・マグヌスによれば
第7章 知的幸福を経て至福の生へ
結論 ビリーグラハム・チルドレンとメッカコーラ・チルドレン

著者等紹介

ド・リベラ,アラン[ドリベラ,アラン] [de Libera,Alain]
1948年生まれ。フランスの中世哲学史家。パリ高等研究院第5セクション指導教官・ジュネーブ大学教授を経て、2012年11月よりコレージュ・ド・フランスで中世哲学史の講座を担当

阿部一智[アベカズトシ]
1952年小樽生まれ。1981年一橋大学院社会学研究科修士課程修了。現在、女子美術大学・東邦大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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出版社内容情報

「考えること」と「信ずること」の葛藤を支持するリベラルな人間観のために。13世紀西欧の知的世界から現代グローバル社会を逆照射
どこで「考えること」を止めて「信ずること」を始めるか。これは特定の信仰を持っていなくても、誰もが抱えている問題である。たとえば訳者は無宗教であるが、元旦には初詣にでかけるし、近親者の霊にはきちんと手を合わせる。脳科学の成果に魅了されながらも、脳科学の前提からすればありえないこと、たとえば、意志の自由を信じている。しかし、「考えること」と「信ずること」の仕分けがそれでいいのかどうかを問い始めると自分が深淵に直面していると感ずる。少なくとも、今の日本社会ではそれは自己責任で遂行されなければならない孤独な課題である。13世紀西欧はまったく逆だった。そこには理性と信仰をいかにすり合わせるかを納得いくまで探求させる制度的保証があった。大学がそうである。とくに重要なこととして、聖書の啓示を探求の出発点にしなければならない神学部の下に、それを出発点にしなくてもよい人文学部(今日の教養学部)が置かれた。本書『理性と信仰』が力を込めているのは、こうした知的世界に出入りしていたさまざまな知識人の学説を考古学者の手つきで拾い集め、歳月の汚れを洗い流すことである。その作業を見守っているうちに、私たちは著者アラン・ド・リベラが大変重要なことをいくつか言いたいのだと気づく。たとえばリベラルアーツ(一般教養)が宗教自体のリベラル化に役立つという指摘。イスラム世界はどういうわけか中世西欧が実現した大学というアイデア(とくにその二層構造)をついに実現しえなかった。しかし最大の眼目は、洗い直された資料群から、ローマカトリック教会の現行の教義体系とは違うもうひとつのパラダイムが浮かび上がるということであろう。そのもうひとつの方が、異なる宗教間の、あるいは世俗と宗教との相互理解に役立つのではないか。そう信じさせるだけの説得力が本書にはある。 勇気づけられる一冊である。(訳者 阿部一智)