出版社内容情報
「わたしは何のために生きているの?」
中学3年生で脊髄小脳変性症を発病し、歩くことも、話すこともままならなくなりながら、必死で自らの生きる道を見つけようとする亜也。母はともに悩み、時に涙しながら亜也を支え、導いてゆく。
本書は亜也が治療の助けとなるようにと書き続けた日記であり、生きることに希望を見いだそうとする魂の叫び。最期まで懸命に生きた少女の言葉が綴られた感動の名著をシンプルな英語で届けます。
【目次】
内容説明
「わたしは何のために生きているの?」中学3年生で脊髄小脳変性症を発病し、歩くことも、話すこともままならなくなりながら、必死で自らの生きる道を見つけようとする亜也。母はともに悩み、時に涙しながら亜也を支え、導いてゆく。本書は亜也が治療の助けとなるようにと書き続けた日記であり、生きることに希望を見いだそうとする魂の叫びである。
目次
1 14 Years Old(1976‐77) My Family
2 15 Years Old(1977‐78) Illness Creeping Up
3 16 Years Old(1978‐79) The Start of Distress
4 17 Years Old(1979‐80) ”I can’t even sing any more…”
5 18 Years Old(1980‐81) Having Understood the Truth
6 19 Years Old(1981‐82) ”I may not last much longer…”
7 20 Years Old(1982‐83) ”I don’t want to be beaten…”
8 21 Years Old(1983‐84) For as Long as She is Alive by Shioka Kito(Aya’s mother)
”Can I…get married?” by Hiroko Yamamoto
著者等紹介
木藤亜也[キトウアヤ]
1962年愛知県生まれ。中学3年生で脊髄小脳変性症を発病する。治療の助けとするために自らの病状を日記に書き記す。後にこの日記が『1リットルの涙』として出版され、多くの人に生きる希望を与えることとなった。1988年25歳で永眠
とよざきようこ[トヨザキヨウコ]
徳島県出身。英国留学、外国人劇団の舞台制作を経て、企業広報やNHK World Japanなど映像の台本翻訳、ナレーションのコーディネーションに携わる
ヴァーナム‐アットキン,ステュウット[ヴァーナムアットキン,ステュウット] [Varnam‐Atkin,Stuart]
英国出身、オックスフォード大卒。外務省『ジャパン・ビデオ・トピックス』、NHK World Japan組番などのナレーター、プレゼンターを務める。日本文化に関する著書、シェイクスピア劇の翻案、バイリンガルコミックス、宮沢賢治、養老孟司など日本人作家の翻訳も数多い(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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