出版社内容情報
大々的に反タバコ運動や食生活改善運動を推進したナチス・ドイツ。そのゆがんだ健康ユートピア願望に焦点をあてた異色のナチズム研究書。
内容説明
「健康は義務である」と、反タバコ運動や食生活改善運動を強力に推進した第三帝国が目指した“ユートピア”とは?今日にもつながる問題を提起する異色のナチズム研究書。
目次
第1章 ヒューパーの隠された過去
第2章 ガン研究、組織化される
第3章 遺伝と民族に関する学説
第4章 職業病としてのガン
第5章 ナチス・ドイツの食生活
第6章 タバコ撲滅運動
第7章 残虐と凡庸と
著者等紹介
プロクター,ロバート・N.[プロクター,ロバートN.][Proctor,Robert N.]
1954年生まれ。ペンシルヴェニア州立大学教授。20世紀の科学技術、医学を専門とする
宮崎尊[ミヤザキソン]
上智大学外国語学部英語学科卒。法政大学講師、『尊塾』代表
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
おっとー
12
ナチスの医療・健康政策というと人体実験、精神疾患者等への安楽死といった突拍子もないものがまず浮かぶ。しかしナチ期は無惨な大量死だけではなく、(むしろ大量死の裏側として)国家のための大量生が懸命に模索された時代だった。その代表的なものが先進的ながん研究であり、喫煙、職業、栄養など多様な観点から研究が進められた。タバコと肺がんの関係が立証されたのもこの時代である。また、がん研究と軌を一にして禁煙や食生活改善などの健康運動も広まっていく。統制の強い国家ほど、国民の生命に執着するという過酷な状況が浮かんでくる。2021/01/17
田氏
10
もはやこのタイトルだけで勝利である。下衆なペーパーバック本の類かとも思える外題でありながら、原題は"The Nazi war on cancer"、中身はといえば読むのが眠気との戦いになるほど謹厳なもの。ナチス政権の健康政策、それに伴う研究や議論、背景を淡々と論じる。本書の目的はナチの否定でも肯定でも、抹殺でも再発見でもなく、最終章にも記しているように「一般に思われているほど単純ではないと示す」ことである。悪とみなした対象を排除せしめながらもその実は鍍金された利害関係にすぎない"正義"への警鐘ともとれる。2018/02/01
くさてる
5
本書はファシズムについての本であり、科学についての本である。同時に、医学史の本であり、身体政治学の本である。ナチスの求めた理想が、今日ともすれば理想的と思われるものと以下に類似しているかという事例はショッキングだが、著者の意図はそれだけに終わらない。「我々」と「奴ら」を隔てる壁はそう高くない、ということを実感する為にも、健康を意識して生活する人、それを指導する立場にある人には読んでもらいたい一冊。2012/06/06
イカクジラ
5
最近の禁煙ブームをナチズムの健康パラノイアと一体視して、そのアナロジーに依って弾劾する主張をたまに見る。ナチは絶対悪だから攻め手は楽だ。でも本書を読む限り、ナチの有していた合理主義精神と私達の距離はそう遠くないらしい。じゃあこの国はナチスドイツのような全体主義体制なのか。否。性質の一部が似ているからって、全体まで同じではない。完全に異質とも同質とも言い切れないのは居心地悪い。だが大切なのは、まさにそうした認識を持つ事なのだと思う。2010/10/22
Mealla0v0
4
ナチスの健康政策を論じた本書は、ナチスにも正しい部分があったのだとは言わない。科学的に重要な研究が政治的には邪悪なものの一環であったという問題提起である。ナチスが、ガンに対する戦争を仕掛けたのは、単に国民の健康を慮ったからというのではなく、国民とは労働力であり兵力であるがために、健康に努める義務を負う総統の所有物だとされたからである。確かに、ナチス期のドイツ科学会ではガンに対する統一見解が生まれたわけではない。実際、科学も社会も複雑であるのだから。そして、それは何もナチスに限った話ではない、ということだ。2020/09/16