内容説明
修道院の野菜畑で働く僧のもとを次々に訪れる『翼あるもの』たち…。日常世界の存在そのものの『奇蹟』を描いた表題作ほか、絵画的世界との魔術的な対話を試みた、現代イタリア文学の鬼才、タブッキの珠玉の掌篇集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
172
表題作を含む11の断片から構成されており、全体としては、どう捉えていいのか煩悶するような構成。タイトルにもなつた「ベアト・アンジェリコ」は、ルネサンス画家のフラ・アンジェリコのこと。「受胎告知」の絵で名高いが、物語は彼がサン・マルコ寺院の天使の絵を描く経緯を語る。天使とは言わないのだが、もっと自然体で彼はそれらの「モノ」を、「明日はぼくらを描かないといけないよ」の声のままに描いてゆく。人間的でもありながら、同時にきわめて無垢なアンジェリコを描き出した透明感のある小説だ。他の断片は位置づけが困難だ。2014/12/13
アキ
71
アントニオ・タブッキの絵画をモチーフにした短編と覚書のような小品。フィレンツェのフラ・アンジェリコ「受胎告知」を連想する梨の樹に墜ちた翼あるもの。壊れやすい蜻蛉の様な翼をもつ不思議な生き物はフレスコ画が出来上がる頃、既に姿はない。幻想的な世界と凝った文体。ポルトガル国王ドン・セバスティアン・デ・アヴィスの画家フランシスコ・ゴヤへの肖像画依頼の手紙も、斬首されたイネス・デ・カストロを墓から掘り起こし王女にした「ドン・ペドロの愛」も、リスボンと死の影「最後の招待」も、歴史画の人物が生きた世界の物語を甦らせる。2020/02/28
どんぐり
68
中心があるようでないようなタマネギ。手でむいて剥がれ落ちていく文章の断片。<以下の文章は偽りである。以上の文章は真である。>にある「作家は裸であることから始めて再び服を着けて終わります」に、文章の断片を読み上げて、なんだかわかんないと思いながらタブッキの作品に意味を見出そうとするのだった。2019/03/25
zirou1984
44
タブッキの小説は決して完成系であろうとしない。時に唐突に断ち切られ、時に投げ捨てられたように終わるそれは、不完全であるが故に完成系には宿り得ない美しさを獲得している。タブッキ自ら遺漏集と銘打たれた本作は断片的でありながら、その言葉の欠片の数々がかけがえのない輝きを宿している。一枚の絵画から、ひとつの手紙から、哀しみを携えた想像力が羽ばたいている。郷愁と憧憬の狭間で右往左往している、あやふやな、漠としてとりとめのない微笑みを。緩慢な自殺のようなサウダージを。タブッキの文章に触れられることの喜びを。2016/07/05
夏
25
表題作を含む11編の短編集。表題作を含め絵画に関係したテーマのものが多い。ベアト・アンジェリコとは実在した画家の名前らしい。日本ではフラ・アンジェリコの名の方が通りが良いそうだ。「気の病い、不眠、耐えがたさ、焦燥が、これらの短いページを司る跛の女神たちである。いっそ『遺漏集』と銘打とうとしたのも、それらの特徴を示すというよりは、それらの多くが、完成に至らなかったひとつの全体を生き延びた、よる辺ない破片のごとくに、内部を持たないそれらの奇妙な外部をさまよっているように私には思われてならないからなのだ。…」→2023/12/13