出版社内容情報
「朕意(おも)うところあるによりて、今月の末しばらく関の東に往かん」
天平12年10月の勅に始まり、およそ5年間、聖武天皇は平城京を離れ、恭仁京・難波京・紫香楽宮を転々とし、遷都を繰り返した。「彷徨5年」とも称される聖武の行動の真意は一体なんだったのか?
京都府教育委員会がおこなってきた50年以上にわたる恭仁宮跡の発掘調査成果によって、おぼろげながらみえてきた恭仁宮の実像から、聖武天皇「彷徨5年」を考える。
【目次】
はじめに――聖武天皇の都・恭仁京
恭仁宮の章
1 「彷徨五年」のはじまり
2 忘れられた都
3 狭小な宮域
4 類例のない構造
5 造営工事のゆくえ
6 「二つの内裏」の謎
7 異例の元日朝賀
8 大極殿の引っ越し
9 未完の大垣
10 天平の甍
11 独自の瓦生産事情
12 聖武天皇の首都構想
13「皇都」難波宮へ
14 大仏造立の都・紫香楽宮へ
15 再び、平城京へ
16 恭仁宮から山城国分寺へ
恭仁京の章
17 恭仁京の発掘調査
18 恭仁「京」のかたち
19 遷都前夜の“くに”
20 都を支える生産活動
21 木津川の水運と都
22 恭仁京が伝える天平の仏教
23 橘諸兄と恭仁京
24 万葉歌のなかの恭仁京
おわりに――恭仁宮跡、発掘調査五〇年



