内容説明
一九八〇年に全斗煥が大統領に就任すると、大々的なアカ狩りが開始され、でっち上げによる逮捕も数多く発生した。そんな時代のなか、身に覚えのない国家保安法がらみの事件に巻き込まれたタクシー運転手ナ・ボンマンは、政治犯に仕立て上げられてしまい、小さな夢も人生もめちゃくちゃになっていく。軍事政権下における「国家と個人」「罪と罰」という重たいテーマを扱いつつも、スピード感ある絶妙な語り口、人生に対する鋭い洞察、魅力的なキャラクター設定で、不条理な時代に翻弄される平凡な一市民の人生を描いた悲喜劇的な秀作。
著者等紹介
イギホ[イギホ]
李起昊。1972年、江原道原州市生まれ。秋渓芸術大学文芸創作学科卒業、明知大学文芸創作学科大学院で博士課程を修了。現職は光州大学文芸創作学科教授。1999年、短編「バニー」が文学誌『現代文学』に掲載され、文壇デビュー。2010年に李孝石文学賞、2013年に金承〓文学賞、2014年に韓国日報文学賞、2017年に黄順元文学賞を受賞
小西直子[コニシナオコ]
日韓通訳・翻訳者。静岡県生まれ。立教大学文学部卒業。80年代中頃より独学で韓国語を学び、1994年、延世大学韓国語学堂に語学留学。以後、韓国在住。高麗大学教育大学院日本語教育科修了、韓国外国語大学通訳翻訳大学院韓日科修士課程卒業(通訳翻訳学修士)。現在は韓国で通訳・翻訳業に従事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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おかむら
30
まずタイトルがカッコいいよね! 1980年代全斗煥大統領政権下の韓国に吹き荒れたアカ狩り。純朴なタクシー運転手に降りかかるあまりにマヌケな運命の悲喜劇。こちらに語りかけてくるような文章のクセが強いけどそれがだんだん快感に。独特のグルーヴ感がカッコいい。日本で言えば樋口毅宏のよう。安企部(韓国のCIAみたいなもん?)の拷問の手口は、映画「1987年 ある闘いの真実」にも出てきたので、ある程度知ってたけど酷いよなー。2020/09/02
星落秋風五丈原
29
本来なら名前の如く福に恵まれていたボンマン(=福満)から福を奪ってゆくのは、いかにも優しそうな顔をした国家安企部、やましい思いを抱えた刑事、自己正当化の権化である職場の同僚といった身近な存在だ。それが怖い。いや、それも怖いが、彼等にそんな行動を取らせている背後にいる人物が最も怖い。その人物とは舎弟の親玉、固有名詞はあまり登場しないが「我らが(ウリ)ノワール主人公」「我らが独裁者」としての出演頻度は最も高い。その場にはいないが韓国全体を覆う、空気のような彼が為政者として君臨した。2020/11/28
かもめ通信
20
軍事政権下における社会の、そして人々の、様々な矛盾を描き出すというシリアスなテーマを扱いながらも、小難しさとは無縁で、こういうテーマをこんなにも読みやすくわかりやすく書き上げることが出来るのかと驚くほどの軽妙さ。ユーモラスな語り口で笑いを誘い、読み手に「ふーと長く息をして」「肩を回して」「ここでちょっとトイレ休憩を」などと肩の力を抜くよう促しつつ語りあげるのは、不条理な時代に翻弄される平凡な一市民の人生を描いた物語。とにかく一度読んでみてくれたまえ。きっとその魅力がわかるから!2020/12/17
月をみるもの
12
「ソウルの春」を見てこの本を読み始め、はからずも読了直後に戒厳令がしかれた。いま現在が、この物語に描かれた世界と地続きであることをあらためて実感させられる。2024/12/04
ヘジン
9
舎弟といっても暴力団の話ではなく、でっちあげの罪で人々を拷問して死に至らしめた、暴力団まがいの軍事政権トップの全斗煥をノワールの主人公になぞらえ、無力な国民は皆その配下の舎弟であったという意味。ちょっとした行き違いからばかばかしくも悲惨すぎる運命をたどるはめになったナ・ボンマン。独裁の恐ろしさがユーモアと皮肉を交えて語られる。こんな恐怖政治の時代を絶対生きたくない。2023/03/04