内容説明
「魏志倭人伝」冒頭の一節「倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島によりて国邑(こくゆう=大きな村)をなす」を彷彿とさせる大集落が、鳥取県西部の霊峰・大山のふもとで発見された。弥生時代後期~終末期に日本海を望む丘に繁栄した「妻木晩田(むきばんだ)」村にせまる。
目次
第1章 よみがえる倭の国邑(日本海を望む弥生の大集落;妻木晩田遺跡の歴史的環境;妻木晩田遺跡の発見;「妻木晩田」村三〇〇年の盛衰)
第2章 集落のはじまり(平野から丘陵へ;集住のはじまり;洞ノ原墳丘墓群と環濠)
第3章 山陰地方最大規模の集落へ(国邑への成長;村の中枢となる居住単位;仙谷墳丘墓群;鉄器の製作と流通)
第4章 「妻木晩田」村の終焉(集落規模の縮小;「妻木晩田」村の中興と松尾頭墳丘墓群;「妻木晩田」村の終焉;古墳時代の幕開け)
著者等紹介
浜田竜彦[ハマダタツヒコ]
1969年、山口県下松市生まれ。関西大学大学院文学研究科史学専攻博士課程前期課程修了。鳥取県教育委員会文化財課、鳥取県立むきばんだ史跡公園を経て、現在、鳥取県埋蔵文化財センター係長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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月をみるもの
13
山陰の遺跡めぐりしたい。。高地性集落は、防御のため(だけ)でなく豊富な森林資源のために、わざわざ移動には不便なところに設置された。弥生期300年の集落の盛衰と、森林資源の増減がリンクしているという仮説は、ある程度までなら科学的に議論(反証)することができそう。2020/08/02
うしうし
1
鳥取県西伯郡大山町・米子市に位置する弥生時代の「妻木晩田遺跡」を紹介する書籍。中期後葉に始まるこの集落は、後期後葉にピークを迎え、古墳時代前期前葉に終焉を迎える。丘陵に集落が立地する利点を木材の供給(p71)に求め、後期終末前半に一時的に集落が衰退する要因を森林資源の枯渇(p71)と想定する。著者の想定は恐らくは正しいのであろうが、状況証拠に留まっているというのが正直な感想である。とはいえ、ふんだんなカラー図版を用いた集落や墳墓の変遷に関する概説は、現状で最も優れた妻木晩田遺跡の概説となっている。2016/11/21
榊原 香織
0
四隅突出型墳丘墓2020/05/07
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